2022年12月29日木曜日

フレイルを予防しよう!<後編>

ライターコラム

  2020年度から75歳以上の後期高齢者を対象に、全国の自治体で「フレイル健診」が導入されるなど、心身の衰えを早期に見つけるため、要介護になる前の状態の「フレイル」が注目されています。高齢者のフレイル状態と簡単なチェック方法、フレイルの予防・改善法などをまとめました。


フレイルは要介護の一歩手前の段階簡単なテストでチェック可能


 フレイルは、日本語で「虚弱」の意味。年を取って体が弱った状態のことで、健康な時より心身は弱っているものの、介護が必要なほどではない、という中間の段階をフレイルと呼びます。

 高齢者の身体は個人差が大きいですが、弱ってくると筋肉の量も質も低下し、筋力が衰えます。そして、「外出しなくなる→エネルギーの消費量が減る→食欲が落ちる→栄養不足になる」という悪循環が起き、生活全般が衰えるフレイルに進みます。また、フレイルは身体だけでなく、心の影響も大きいです。外出の機会が減る、一人で食事を取るなど、孤立するとうつ状態になりやすくなります。それが活力の低下を招き、身体の衰えを加速させます。

 どうすればフレイルに気付くことができるのでしょうか。北海道医師会地域保健部が2019年に作成した「フレイル予防手帳」では、5項目のフレイルチェック=表=を試してみることを勧めています。


予防法や改善法は?

ポイントは「栄養」「運動」「社会参加」継続的に実践していくことが重要


 フレイルを予防するカギを握るのが「栄養」「運動」「社会参加」の3つです。

 食事は活力の源です。肉や魚は、筋肉の基になるたんぱく質を豊富に含みます。野菜や果物を合わせて食べると、筋肉量や体力の低下を抑えることが期待できます。東京都健康医療長寿センター研究所は、魚、油、肉、牛乳、緑黄色野菜、海藻、芋、卵、大豆製品、果物の10種類のうち、7種類以上を毎日食べるよう呼びかけています。バランスの良い食事で栄養をしっかり取りましょう。

 運動は筋肉の発達だけでなく食欲や心の健康にも影響します。少し息が弾むくらいの大股でウオーキングをしたり、坂道や階段を上ったりするのを習慣にして、今より毎日10分多く歩くことを目標にしましょう。椅子につかまって太ももをゆっくり上げ下げしたり、かかとを上げ下げしたりするのも、筋力やバランス感覚を鍛えるのに効果があります。無理をせず、できる範囲で毎日続けることが重要です。

 趣味やボランティアなど社会活動に積極的な人は、運動だけをしている人よりフレイルになるリスクが低いという研究もあります。友人らと外出や旅行を楽しんだり、地域の何らかのグループ活動に参加したりする中で、無理なく運動したり、会食したりする習慣ができるのが理想です。


■フレイルの簡易チェック表


□6カ月で2〜3kg以上の体重減少

□ペットボトルのふたが開けにくい(筋力低下)

□(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする

□青信号のうち横断歩道を渡りきれない(歩行速度低下)

□軽い運動・体操、定期的な運動・スポーツをどちらも週に1回もしていない


【判定】○1〜2つ該当=予備軍(プレフレイル) ○3つ以上該当=フレイル


 今、フレイルに注目が集まっているのは、この時期に生活に気を付ければ、改善の余地が残されていることが分かってきたからです。年齢を重ねてフレイルになってしまっても、またコロナがきっかけでフレイルになったとしても、適切な対策を取れば健康な状態に戻れる可能性があるということです。

2022年12月22日木曜日

フレイルを予防しよう!<前編>

 ライターコラム


 2020年度から75歳以上の後期高齢者を対象に、全国の自治体で「フレイル健診」が導入されるなど、心身の衰えを早期に見つけるため、要介護になる前の状態の「フレイル」が注目されています。フレイル状態になるとどのようなことが起きるのか、また、フレイルの簡単なチェック方法などをまとめました。


フレイルは要介護の一歩手前の段階

早めの対策で、健康な状態に戻れる可能性があります。


 フレイルは、日本語で「虚弱」の意味。年を取って体が弱った状態のことで、健康な時より心身は弱っているものの、介護が必要なほどではない、という中間の段階をフレイルと呼びます。

 高齢者の身体は個人差が大きいですが、弱ってくると筋肉の量も質も低下し、筋力が衰えます。そして、「外出しなくなる→エネルギーの消費量が減る→食欲が落ちる→栄養不足になる」という悪循環が起き、生活全般が衰えるフレイルに進みます。また、フレイルは身体だけでなく、心の影響も大きいです。外出の機会が減る、一人で食事を取るなど、孤立するとうつ状態になりやすくなります。それが活力の低下を招き、身体の衰えを加速させます。

 65歳以上の高齢者のうち、フレイルになっているのは1割、約350〜400万人という推計があります。フレイルの高齢者のその後を調べた調査では、3割以上が2年後に要介護認定を受けていました。また、認知症になる可能性が高いとの研究報告もあります。

 今、フレイルに注目が集まっているのは、この時期に生活に気を付ければ、改善の余地が残されていることが分かってきたからです。年齢を重ねてフレイルになってしまっても、またコロナがきっかけでフレイルになったとしても、適切な対策を取れば健康な状態に戻れる可能性があるということです。


フレイルは簡単なテストでチェック可能


フレイル健診も上手に活用し、予防や早期ケアをどうすればフレイルに気付くことができるのでしょうか。北海道医師会地域保健部が2019年に作成した「フレイル予防手帳」では、5項目のフレイルチェック=表=を試してみることを勧めています。


■フレイルの簡易チェック表


□6カ月で2〜3kg以上の体重減少

□ペットボトルのふたが開けにくい(筋力低下)

□(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする

□青信号のうち横断歩道を渡りきれない(歩行速度低下)

□軽い運動・体操、定期的な運動・スポーツをどちらも週に1回もしていない


【判定】○1〜2つ該当=予備軍(プレフレイル) ○3つ以上該当=フレイル


 2020年度から導入されている、フレイルの早期発見を重視したフレイル健診の質問票は、後期高齢者の特性を踏まえ、「1日3食きちんと食べていますか」「この1年間に転んだことがありますか」「普段から家族や友人と付き合いがありますか」といった生活習慣や身体機能、社会活動など、健康状態を把握する15項目で構成されています。質問票には、本人がフレイル予防の意識を高め、生活をより充実させるためにできることを考えてもらう目的もあります。フレイル健診を上手に活用して、フレイルの兆候がないかチェックし、予防や早期のケアにつなげてください。


※12月28日掲載予定(WEBは29日)の後編では、フレイルの予防・改善法についてご紹介します。

2022年12月15日木曜日

腸内細菌叢とアレルギー

琴似駅前内科クリニック 髙柳 典弘 院長


腸内細菌とアレルギーの関係について教えてください。


 腸は消化吸収を行うだけでなく、全身の機能に関与していて、そこには腸内細菌が大きく関係しています。腸内細菌にはさまざまな種類があり、腸の粘膜に隙間なくびっしりと張り付いていて「腸内細菌叢(そう)」と呼ばれます。最新の研究では、気管支ぜんそくや食物アレルギーなどの各種アレルギー疾患が、この腸内細菌叢の乱れに関係していることが分かってきています。

 腸は病原体にとっても体への入り口になります。これを防ぐために、腸管には免疫細胞や抗体が集中しています。この腸管免疫の働きを維持するのにも腸内細菌が欠かせないのですが、アレルギーのある患者さんは、腸内で「酪酸」という物質を作り出す「酪酸性生菌」の割合が少ないことが報告されています。

 酪酸は腸の粘膜を通過し、腸管内のリンパ組織に働き、「Foxp3」という遺伝子の発現を増加させます。その結果、過剰な免疫を抑える役割を持つ「Tレグ(制御性T細胞)」を増やすことが分かっています。言い換えれば、腸内の酪酸菌を増やし、Tレグを増加させることがアレルギー疾患・症状の抑制につながると推察されています。


腸内細菌叢に酪酸菌を増やすためにはどうすればいいですか?


 酪酸菌を含む食品は少なく、ぬか漬け、ナチュラルチーズ、納豆などに限定されてしまいますが、酪酸菌を腸内で育てることは食事内容を工夫すれば十分に可能です。酪酸菌の餌となる食物繊維を多く含む食品を積極的に摂取することで、腸内の酪酸菌の働きを活発にできます。食物繊維には水溶性と不溶性があります。腸内細菌の餌になりやすいのは水溶性の食物繊維で、わかめ、ひじき、ラッキョウ、キウイ、アボカドなどに多く含まれています。食物繊維は1日あたり成人男性でおよそ20g以上、成人女性で18g以上摂取することが目安とされています。また、酪酸菌入りのサプリメントで補うのも一手です。

 適度な運動習慣も腸の活動を活発にし、酪酸菌を増やします。週3~4回のペースで、1日30〜60分程度、息が少し上がる程度のウオーキングやランニング、サイクリングなどの有酸素運動がお勧めです。運動習慣が途絶えると逆に酪酸菌が減ってしまうという調査報告もありますので、酪酸菌を増やすためには、運動を継続して行うことが大切です。

2022年12月8日木曜日

認知症と軽度認知障害(MCI)

医療法人社団 正心会 岡本病院 山中啓義 副院長


認知症について教えてください。


 2030年には65歳以上人口が全体の31%に達すると推定されています 。21年の日本の平均寿命は新型コロナ感染症の影響で低下しましたが (男性81.4歳/女性87.5歳) 、医学水準の発達により今後も平均寿命は延びていくことが予想されます。このような状況の中で加齢をリスクとする認知疾患者の増加は必然です。

 認知症とは「物事を記憶すること」「物事を判断すること」「物事を予定や計画を立てて実行すること」の機能が低下し日常生活や社会生活に支障を来した状態です。認知症タイプは70種類以上ありますが、「アルツハイマー病」「脳血管性認知症」「レビー小体病」の3タイプで全体の 90%以上を占めます。 

 アルツハイマー病は「アミロイドβ(ベータ)」や「タウ」といった異常なタンパク質が脳内に貯まることで神経細胞が死滅し、記憶を司る海馬を中心に脳が萎縮して認知機能低下を引き起こします。脳血管性認知症は、生活習慣病が原因で脳血管がつまったり破けたりすることで脳細胞の壊死が起こり認知機能が低下します。レビー小体病は、脳内にタンパク質が集まってレビー小体という小さな塊ができ、それにより神経ネットワークに異常が生じて認知機能が低下するものです。

 世界中の研究者が認知症治療薬開発に尽力していますが、決定的な著効薬は未だに開発されていません。 


軽度認知障害(MCI)について教えてください。


 近年非常に注目されている概念が「軽度認知障害(MCI)」です。その理由は「認知症の前段階で認知症の始まりを捉えることが、認知症治療で重要」と考えられるからです。例えば、アルツハイマー病に向かう変化は、脳の側頭葉の「嗅内野(きゅうないや)」から始まりますが、その変化は40 〜50 歳代の半数にみられます。 

 MCIは「同年齢の人と比べて認知機能低下を認め、正常とはいえないが認知症の診断基準を満たさないレべル」といえます。疫学研究ではMCIから1年後に10%、5年後に40%が認知症に移行するとも報告されています。

  専門的には、脳内の神経原線維変化が嗅内野にとどまっている状態や、「臨床的認知尺度(CDR)」による認知機能や生活状況などに関する6項目評 価(記憶/見当識/判断力・問題 解決/社会適応/家庭状況及び興味・関心/介護状況)で認知障害の疑いとされるものがMCIとなります。 

 MCIを進行させないためには「脳血流量を減らさないこと」が重要です。具体的には暴飲暴食を避け、適度な運動やダイエットなどで生活習慣病を予防し改善すること。また、本人が楽しいと思える運動や趣味を定期的に行うことは、脳の活性化につながり、MCIの進行の遅延効果を期待できる可能性があります。

2022年11月23日水曜日

これからの矯正歯科治療

 ゲスト/E-line矯正歯科 上野 拓郎 院長


銀色の矯正装置が目立たないように治療する方法はあるのでしょうか。

 近年、日本でも正しいかみ合わせや歯並びが機能面や健康面、審美面でいかに重要であるかということが一般的にも知られるようになってきました。

 歯科矯正が広く受け入れられ始めた要因として、矯正器具の著しい進歩が挙げられます。かつては、歯の前面にギラッと光っていたメタルの矯正器具。確かに目立ちますので、特に成人の方には抵抗感があるものでした。しかし、現在では歯に近い白色のワイヤーや、透明なプラスチックやセラミックなどのブラケットによって、口元を目立たせないで治療することができます。また、歯の裏側(舌側)から治療する「見えない矯正治療」も普及しています。女性や接客業、営業職など、見た目の印象が気になる人にとっても、抵抗なく治療が始められるようになりました。スポーツをする人の口のけがの危険性や、部活動などで管楽器を演奏する人の吹きにくさが少ないことも、歯の裏側から治療するメリットです。


最新の矯正治療について教えてください。

 矯正治療の進歩は目覚ましいです。まず裏側から治療するブラケットのサイズが従来の半分以下の大きさになり、装着時の違和感が軽減されました。小型化によって清掃性が良くなり衛生的で、話しにくさを訴える患者さんも少なくなりました。表側のブラケットでは、ワイヤーとの摩擦の少ないものが開発され、締め付け感が少なく、治療期間も短縮できるようになりました。

 「アンカースクリュー」と呼ばれるねじを歯茎の骨の部分に入れ、歯を動かす時の固定源とする方法も登場しています。効率よく歯を動かすことができ、治療期間の短縮が期待できるほか、従来では手術が必要とされていた症例でも手術を回避できるケースが増えています。また、透明で着脱可能なマウスピース型の矯正装置を使う「アライナー矯正」も注目されています。着脱可能な手軽さと目立ちにくいのがメリットですが、ブラケットほど大きく歯を動かすことができないため、歯並びがひどい重症例には向きません。

 万能な治療法はなく、どのような方法、装置を選択するかは、患者さん一人一人の歯の状態や年齢、環境などが関わってきます。矯正治療を専門とする歯科医とじっくり相談し、納得の上で治療を始めることが何よりも大切です。


2022年11月17日木曜日

ピロリ菌除菌後胃がん

 福住内科クリニック 佐藤 康裕 院長


ピロリ菌の除菌治療をした後も、胃内視鏡(胃カメラ)検査を受ける必要はありますか?


 除菌後も定期的な胃カメラ検査が必要です。ピロリ菌は胃がんの原因であり、胃がん予防のための除菌治療はとても重要です。しかし、予防といっても胃がんを完全に防げるわけではありません。除菌に成功すると、胃がん発症の危険性が全体としては3分の1程度に低下しますが、ピロリ菌に感染したことがない人と比較すると発症リスクはかなり高いことが分かっています。日本ではこれまでに1000万人以上が除菌治療を受けていますが、除菌後は胃がんにならないと思い込んで胃がん検診などを受けないケースがあり問題となっています。実際に、除菌後に胃がんが進行した状態で見つかる例も少なくないです。

 ピロリ菌は主に乳幼児期に口から入り込み、胃の中に持続感染し粘膜に炎症を引き起こします。成人後に感染することはほとんどありません。多くの場合、無症状のまま慢性炎症が続き、次第に「萎縮性胃炎」という状態になります。数十年を経て、萎縮性胃炎が進行し胃がん発症のリスクが高まっていきます。

 30歳くらいまでに除菌すると、胃がんの発症予防効果が高いです。年齢が高くなると萎縮性胃炎が進み、ピロリ菌がいなくなっても胃の状態は元には戻らないため、除菌による発症予防効果は小さくなります。ピロリ菌に感染しても多くの人は自覚症状が出ないので、検査の機会を積極的につくり、なるべく若いうちに除菌治療を行うことをお勧めします。

 ピロリ菌に感染している人の割合は徐々に減少してきていますが、現在、日本人のピロリ菌感染者数は約3000万人と推計されています。まずは感染者の拾い上げが重要です。検査でピロリ菌に感染したことがないと判定されれば、生涯を通じて胃がん発症のリスクは低いです。一方、感染が判明した場合は胃がんの発症リスクを減らすため除菌治療を推奨しています。繰り返しになりますが、たとえ除菌をしても、もともと感染がない人に比べれば胃がんのリスクは高いので、除菌後こそ定期的な検査が必要です。除菌後に発症する胃がんは、周囲粘膜との境界が不明瞭で発見しにくいという特徴があるので、バリウム検査よりも精度の高い胃カメラ検査を受けることをお勧めします。年に1回程度の頻度で受ければ、早期発見が可能で、おなかを切らずに内視鏡で治療できる場合もあります。

2022年11月10日木曜日

ひきこもり

  ゲスト/医療法人五風会 さっぽろ香雪病院 新井博達 公認心理師


ひきこもりについて教えてください。

 厚生労働省の研究事業で示された「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」(主任研究者・齊藤万比古ほか 国立国際医療研究センター国府台病院 2010)のなかでは、ひきこもりは「さまざまな要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6カ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)」と定義されています。

 ひきこもりという用語は病名ではなく、社会との関係の中で生じる現象を表すものです。すべてのひきこもり状態の人が、社会的支援や治療を必要としているわけではありません。一方で、生活上で何らかの困難や精神疾患を有する方も多くいます。近年はひきこもりの長期化に伴い、本人とその親が高齢化する「8050問題」が深刻化し、80代の親が50代の子を支えるような状況で社会的孤立や生活困窮に陥る懸念が生じています。


ひきこもりへの向き合い方や支援について教えてください。

 ひきこもり状態に本人が罪悪感を抱くことは少なくありません。しかし、ひきこもりは何らかの事情により誰にでも起こりうる状態で、責められることではありません。強い自責の念でかえって回復が遅れることもあります。また、生き方は多様であり、必ずしも就労を人生のゴールにする必要はありません。まずは、ささいなことでも良いので、本人が生活の中で楽しめることを探すことが大切です。対応に戸惑いを持つ家族もいらっしゃると思いますが、“家族自身”の生活が充実することで気持ちにゆとりができ、本人の回復にもつながります。家族向けの支援では、①家族自身の負担軽減、②家族が本人への関わり方を学び良好な関係を築くこと、③本人が相談機関の利用や社会参加につながることを目指した「CRAFT(クラフト:コミュニティ強化と家族訓練)」というプログラムが有効な場合があります。

 ひきこもりの支援機関には、ひきこもり地域支援センター、精神保健福祉センター、保健所などの市町村の担当部門、精神科・心療内科・小児科などの医療機関、児童相談所、当事者団体や家族会、NPOなどの民間の支援団体があります。支援の内容は、生活相談、精神的治療、居場所支援、教育活動、就労支援などです。本人の来談が難しい時は、家族向けの相談やオンライン相談、家庭への訪問支援を行っている場合もあります。

 本人や家族だけで問題を抱える必要はありません。気になることは行政の窓口や各機関に問い合わせてみましょう。本人も家族もより安心して、自分らしい生活を送るために地域の関係機関を利用していただきたいと思います。

2022年11月3日木曜日

長引くせきの治療と新しい治療薬

医療法人社団 大道内科・呼吸器科クリニック 北田 順也 副院長


長引くせきは、どんな病気の可能性があるのでしょうか。


 秋から冬へと季節が移り変わっています。この時季には、長引くせきに苦しむ方が病院を訪れますが、その多くはアレルギー性の「せきぜんそく」や「気管支ぜんそく」です。北海道の秋は、イネ科の植物やヨモギなどによる花粉症が知られていますが、ダニやほこりなどハウスダストが原因で発症するケースもよく見られます。夏場に繁殖したダニの死骸やふんが、空気の乾燥したこの季節に風で舞ったり、室内で暖房を使い始め、温風によって空中に浮遊したものを吸引してしまうのが原因です。

 医学的には8週間以上続くせきのことを「慢性咳嗽(がいそう)」と呼んでいます。例えば、持続期間が1ヶ月以内のせきの原因の多くは感冒を含む気道の炎症ですが、持続期間が長くなるにつれて感染症の頻度は低下します。慢性咳嗽の原因疾患としては、アレルギー性のぜんそく、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)や胃食道逆流症、肺がんや肺結核、肺炎、肺気腫などがあります。血液検査や喀痰(かくたん)検査、胸部写真(X線、CTなど)、呼吸機能検査などで詳しく調べて原因を特定し、その病気に対する適切な治療を行うことが必要ですが、適切なせき止め薬や吸入薬を使っても症状がなかなか改善しない難治性の慢性咳嗽や、中にはいくら検査しても原因がはっきりとしないという慢性咳嗽も存在します。


難治性の慢性咳嗽の治療について教えてください。


 なかなか打つ手がありませんでしたが、2022年4月に新たな作用機序を持つせき止めの新薬が登場し、治療の選択肢が増えました。従来のせき止めのような脳への直接作用ではなく、気道で刺激を感知して、せき中枢へと伝えるセンサー「P2X3受容体」をブロックすることで、せきの発生を抑える薬です。臨床試験では難治性の慢性咳嗽に対して一定の効果が確認されています。

 難治性の慢性咳嗽により日常生活に支障を来している患者さんが新薬の対象となります。新薬により、せきが減って生活の質が改善することが期待されています。注意点としては、程度の差はありますが服用した患者さんの約6割に、味覚不全など味覚に関連した副作用が現れることです。新薬の服用を検討する場合は、専門医に効果と副作用の両面からよく相談してみてください。

 長引くせきは「気管支からの危険信号」です。放置しないで、呼吸器の専門医を受診してください。

2022年10月27日木曜日

災害は突然に〜今すぐできる家庭の備え〜

 ゲスト/佐川昭リウマチクリニック 古崎 章 院長


関節リウマチなど慢性疾患を抱える患者さんが、災害時に困らないよう家庭で取り組むべき対策について教えてください。

 地震や火災などの災害や新型コロナウイルス感染症の再拡大は、正確に予測して未然に防止することは非常に困難です。万一、被災してしまった場合や外出自粛などで身動きが取れない日が続く場合、関節リウマチなどのリウマチ性疾患を抱える患者さんは、手足に症状が現れていて移動が困難であったり、薬による治療の中断を余儀なくされることによって症状が悪化したりすることがあります。リウマチ性疾患に限らず、糖尿病や高血圧症など薬や治療が欠かせない慢性の病気がある患者さんは、日頃からの備えがとても大切です。

 関節リウマチの治療中の場合、服薬を中止してしまうと関節痛が悪化するだけでなく、動けなくなったりすることもあります。普段から服用している持病の薬は、非常用に1〜2週間分を準備しておくと安心です。先にもらった薬から飲んで、新しい薬を非常用に備え、次に薬をもらったら新しい薬と取り換えて、常に薬が古くならないようにします。また、外出先での被災に備えて、いつも持ち歩くバッグに数日分の薬を入れておくこともお勧めします。

 災害時には、かかりつけの医療機関を受診できなくなる可能性もあります。主治医以外の医師の診察も受けられるよう、ご自身の病状を把握しておくことが必要です。そのために重要なのが「お薬手帳」です。「いつ、どこで、どんなお薬を処方してもらったか」という情報は、すなわちご自身の健康の記録であり、大切な情報です。処方された薬を見れば何の治療をしているのか、すぐ分かるからです。保険証番号や緊急時連絡先(ご家族、主治医、かかりつけ薬局、訪問看護ステーション、ケアマネジャーなど)、副作用歴、アレルギー歴なども記載しておけば、災害時だけでなく、外出先で体調が急変したり事故に遭ったりした時、会話ができない状態であっても手帳が状況を物語ってくれます。バッグに入れて常に持ち歩いてほしいと思います。スマートフォンがあれば、電子お薬手帳を活用したり、服用している薬のメモなどをカメラで撮影し保存したりする方法もあります。ご自身の体の情報は複数の方法で管理しておくとより安心です。

 被災時には、健康な方でも感染症をはじめとした病気にかかりやすくなります。特に関節リウマチの患者さんはマスクの着用や手洗い、うがいの励行を徹底し、普段の生活以上に予防を徹底しましょう。

2022年10月20日木曜日

失明の恐れのある緑内障、糖尿病網膜症

ゲスト/ふじた眼科クリニック 藤田 南都也 院長


失明につながる目の病気について教えてください。


 日本人の中途失明の原因として最も多いのが「緑内障」で、2番目は「糖尿病網膜症」です。

 緑内障は眼圧に対して網膜の神経細胞が弱く、損傷を受けて視野が欠けていく病気です。日本では40歳以上の20人に1人が緑内障であることが分かっています。

 緑内障は視野の一部が欠けていきますが、脳の働きで見えないはずの部分を補ってしまうため、症状になかなか気付きにくいです。異常に気付くのは相当に進行してからで、手遅れになりやすいのが厄介な点です。

 一度失ってしまった視力や視野は戻りません。できるだけ早く発見し、早期に治療を開始することが何よりも重要です。主な治療は眼圧を下げる点眼薬で、きちんと継続すれば進行を止めたり遅らせたりして失明を免れることも十分可能です。

 糖尿病網膜症は、糖尿病にかかったことにより起こる合併症の一つ。血糖の高い状態が続き、網膜の血管が障害されて起こります。段階的に進行しますが、多くの場合、自覚症状はほとんどないまま進行していきます。

 進行した段階では、網膜から新生血管というもろい血管が硝子体に伸び、それが破れて硝子体出血を起こして、飛蚊症や眼のかすみ、視力低下を自覚することがあります。また、硝子体中に増殖膜という線維性の膜ができ、その膜が網膜を引っ張ることで網膜剥離が起きます。そしてそれを放置すると、失明に至ることもあります。

 治療は血糖コントロールを基本に、レーザー治療や抗VEGF硝子体注射、硝子体手術などを病期に応じて選択します。進行しているほど治療をしても良好な視力への改善が難しい場合も少なくないです。糖尿病網膜症が原因の失明を防ぐとともに、可能な限り視力回復・改善を目指すには、早期発見・治療が原則。そのためにも、糖尿病と診断された時から定期的な眼底検査などのチェックが非常に大切です。

 緑内障や糖尿病網膜症のように、「見える」を脅かす病気は気付かないうちに進行することが多いです。そのほとんどは眼科検診を定期的に受ければ早く発見でき、治療を始められるものです。これらの診断や治療効果の判定には、眼球の断面図を鮮明に見ることができるOCT(光干渉断層計)を使った検査が有用です。特に40歳を過ぎたら、ぜひ1年に1回、眼科検診を受けてほしいと思います。


2022年10月13日木曜日

認知症

ゲスト/医療法人 耕仁会 札幌太田病院  正木慎也 診療副部長


認知症について教えてください。

 認知症とは、一つの病気の病名ではなく、何らかの原因で脳の細胞が死んだり、働きが悪くなったりして、物事を記憶したり認識したりする能力である認知機能が十分でなくなり、従来の生活が送れなくなった状態を指します。認知症は年を重ねると誰もがなりうる病気です。人口の高齢化に伴って増え続け、2025年には高齢者の5人に1人の約700万人が認知症になるとの予測もあります。

 認知症にはさまざまな種類があります。最も多いのは「アルツハイマー型」で、早期症状の代表的なものは「新しく体験したこと、学んだことをきちんと記憶しておけない」という記憶障害です。予定や約束、日程なども忘れがちで何回も周囲に確認し、言付けも不確かになります。そのほか、脳梗塞や脳出血などが原因の「脳血管性」、実際にはそこにないものが見える幻視や、手足の震え、筋肉が固まるなどパーキンソン病のような症状がみられる「レビー小体型」、感情の抑制がきかなくなり、人格が変わったような変化が起きる「前頭側頭型」などがよく知られています。

 認知症の症状には「中核症状」と「周辺症状」があります。中核症状は、記憶障害や理解・判断力の低下などで、ほとんどの患者さんにみられます。一方、周辺症状は、中核症状が原因となり、それに元々の性格や環境、周囲の人とのかかわりの中で起こってくる症状(不安、うつ症状、もの盗られ妄想など)で、人によって出たり出なかったりします。


治療について教えてください。

 多くの認知症はいまだ根本的な治療法が存在しません。しかしながら、症状が軽い段階のうちに認知症であることに気付き、適切な治療が受けられれば、薬で症状の進行を遅らせたり、認知症の種類によっては症状を改善したりすることもできます。早期診断・治療によって、高い治療効果が期待できるのです。

 年相応のもの忘れと認知症の中間には、もの忘れは目立つものの認知症のように日常生活に支障を来さない「軽度認知障害(MCI)」という状態があります。進行すると認知症に移行する恐れがあるため、そういった意味でも早期に対応が求められます。

 ちょっとした症状でも、気になることがあればすぐ専門医を受診することが大切です。

2022年10月6日木曜日

リウマチ性多発筋痛症

 ゲスト/医療法人 知仁会 八木整形外科病院 安田 泉 副院長(内科)


リウマチ性多発筋痛症とはどのような病気ですか。


 運動も何もしていないのに、急に首から肩、腰から足の筋肉に激しい痛みを感じる。ある朝突然、筋肉痛のような強い痛みやこわばりで布団から起き上がれない。そんな症状が出ている人は、もしかしたら「リウマチ性多発筋痛症」かもしれません。

 リウマチ性多発筋痛症は、膠原病と呼ばれる病気の一つで、原因不明の慢性炎症性疾患です。高齢者、特に女性に多く発症します。首や肩、腰、太ももの筋肉痛が代表的な症状で、「急に」「ある日突然」起こるのが特徴です。痛みの程度は個人差があり、我慢できる範囲の痛みという人もいれば、激痛で自分では動くこともできないというケースもあります。筋肉痛のほか、発熱や全身倦怠感などかぜに似た症状を伴うこともあります。

 リウマチという名前は付いていますが、関節リウマチとは別の病気です。朝のこわばりや発熱など症状は似ているところもあるのですが、痛い場所の中心が筋肉と関節で違っており、また、血液検査でも〈リウマチ因子〉という項目は通常陰性となります。


診断と治療について教えてください。


 この病気は、関節リウマチやほかの膠原病、炎症性疾患などと共通する症状が多く、また、診断を確定する特有の検査がないため、過去に一度も症例を経験していない医師にとっては区別がつけにくいかもしれません。症状の聞き取り(問診)や血液検査などを合わせ、総合的に診断していくことになりますが、血液検査で炎症反応をみる〈CRP〉や〈赤沈〉という項目の高いことが診断の有力な決め手となります。

 治療はステロイド剤の内服が中心で、非常によく効きます。多くの場合、1〜3日以内に効果がみられます。症状が安定したらステロイドを減量していきますが、早期の減量や中止は再発を起こしやすいので慎重な判断が必要です。また、ステロイドは長期間内服すると、糖尿病や高血圧症、骨粗しょう症といった副作用のリスクがあります。薬の副作用をマネジメントしながら、リスクを許容できる範囲で安全に使っていきます。

 突然の筋肉の痛みは、我慢せずに膠原病に詳しい内科や整形外科を受診し、痛みの原因となる病気を特定して、できるだけ早く適切な治療を始めてほしいと思います。

2022年9月29日木曜日

健診や検診の上手な活用法

記事/ライターコラム

生活習慣病やがんは、新型コロナの収束を待ってくれません。健康診断(健診)やがん検診の受診を控えることは、健康上のリスクの早期発見の機会を逃してしまう可能性があります。コロナ禍で健康を見つめ直す今だからこそ、健診やがん検診を受診しませんか?


健診は受けっぱなしで終わらせない

 健診には、職場で行われている定期健康診断や、40歳以上の人に対して行う特定健康診査などがあります。これは身体測定や血液検査など、体全体の検査を通して、自覚できない病気の症状や前兆を調べるものです。主に、糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの生活習慣病のリスクがあるかどうかを調べるために行います。

 従来、健診の主な目的は病気の早期発見・治療でしたが、最近は病気を未然に防ぐ予防的な役割も重要視されています。健診の結果、生活習慣病のリスクがあれば生活習慣を改善し、発症予防や重症化予防に取り組むことが大事です。結局そのままの生活習慣を続ければ、健診の意味がないばかりか、病気のリスクは日に日に高まります。健診は、受けっぱなしで終わらせないことが重要なのです。

 初期の生活習慣病は自覚症状がないことが多いため、いつの間にか病気が進行してしまう危険があります。健診は健康なうちに受診してこそ意味があります。「時間がない」「元気だから大丈夫」と考えず、ぜひ定期的に受診してください。


早期発見・治療のためがん検診受診を

 国内で毎年、約100万人ががんと診断されています。日本人の2人に1人がかかり、3人に1人が亡くなる死因第1位の国民病です。ただ、医学の進歩により早期発見・治療ができれば、治る可能性が年々高まっています。がんは、早期の段階では自覚症状が出ないことが多く、症状が出現する頃には手遅れとなっていることもあります。早期発見のためには、「がん検診」が有効です。

 国が推奨する5つのがん検診(胃がん、大腸がん、肺がん、子宮頚がん、乳がん)は、早期発見と早期治療で死亡率が低下することが科学的に検証されたものです。また、検証結果に基づき、検診の間隔や対象年齢、検査方法も定められています。この5つのがん検診は、市区町村が検診費用を補助しており、無料か小額の自己負担で済むことも良い点です。お住まいの地域で検診窓口をお知りになりたい場合は、日本医師会によるホームページ「知っておきたいがん検診」にアクセスしてみてください。

 がん検診の結果、「要精密検査」といわれたら、必ず精密検査を受けることも重要です。また、今回異常が見つからなくても、1回限りではなく、定期的にがん検診を受けることも大切です。


 健診・がん検診の受診が大切な命、大切な人を守ることにつながります。コロナ禍でも健診・がん検診の受診は「不要不急の外出」には該当しません。病気を見つける大切な機会を逃さないよう、必ず定期的に受けるようにしてください。

2022年9月22日木曜日

脂漏(しろう)性皮膚炎

ゲスト/宮の森スキンケア診療室 上林 淑人 院長


脂漏性皮膚炎とはどのような病気ですか。

 鼻や耳の周囲、おでこや頭皮など体の中で皮脂の多い場所(脂漏部位)に起こる皮膚炎です。皮膚が赤くかさついて剥がれたりかゆみを伴ったりします。頭皮ではフケが多くなり、かゆみを伴うことが多いです。

 脂漏性皮膚炎の原因は単一的なものではなく、いろいろな要因が影響して発症、悪化すると考えられています。その要因の一つは、皮脂が皮膚に常在するマラセチア菌という真菌(カビの仲間)などに分解された結果、刺激物となりそれによって炎症が起こると言われています。その他、化粧品による肌への負担、洗顔不足や過剰な洗顔など間違った洗顔方法、睡眠不足や疲労、ストレスなどで皮脂分泌が増えること、偏った食生活や野菜(特に緑黄色野菜)不足などによるビタミン類の不足などさまざまです。体質的、遺伝的素因によることもあります。


診断と治療、予防について教えてください。

 診断では似たような症状を伴うアトピー性皮膚炎や、鼻や頬の周囲など顔の赤みが特徴の「酒さ」との鑑別が重要です。

 治療は炎症を抑える塗り薬が中心となります。必要に応じてマラセチア菌の増殖を抑える抗真菌薬や皮脂分泌を調整するビタミン剤、かゆみを抑える内服薬を処方することもあります。症状が消えたり再発したりを繰り返すのも特徴で、根気よく治療を続けることが大切です。

 治療以外に大切なことは生活習慣の改善が非常に重要です。小まめな洗顔、洗髪、入浴で過剰な皮脂を落とし清潔に保つことが基本です。乾燥を防ごうと油分の多い基礎化粧品などを過剰に使用していると、皮脂を閉じ込め脂漏性皮膚炎を引き起こしてしまうことがあります。特に、クリームや美容オイルなどを重ねづけすると、肌表面の油分が多くなりすぎるので注意してください。

 また、野菜や魚などを多く摂取してバランスの良い食生活を心掛けましょう。休息や睡眠を十分に取り、規則正しいリズムで生活し、ストレスや疲労をため込まないように気を付けてください。しぶとく再発しやすい皮膚炎ですが、気にならない程度にうまくコントロールできる皮膚疾患です。顔の赤みや頭のフケ、かゆみでお悩みの人は、自己判断せずに医療機関を受診してください。

2022年9月15日木曜日

高齢者の摂食嚥下障害

医療法人五風会 さっぽろ香雪病院 野田 順子 歯科医師


摂食嚥下障害とはどのような病気ですか。

 摂食とは食べること、嚥下とは飲み込むことを指します。摂食嚥下とは、食べ物を認識し、口腔内で咀嚼して飲み込み、咽頭や食道を経て胃へ送り込む過程をいいます。この無意識に行われる一連の動作が、何らかの原因で障害されることを摂食嚥下障害と呼びます。

 高齢になると、う蝕(しょく)=虫歯や歯周病の進行による歯の欠損、舌やのどの筋力低下、だ液水分量の不足などが原因で、食べ物を口の中で飲み込みやすい形にできなくなり、それをそのまま飲み込むことでむせたり、食道に流れ込むべきだ液や食物が誤って気管に入ってしまう誤嚥を起こしやすくなります。

 加齢に伴う摂食嚥下障害には個人差があり、高齢になっても問題がない場合もありま

すが、持病のある方では治療のために服用している薬剤が摂食嚥下障害に関係しているケースもみられます。また、高齢になると認知症を合併することも多く、認知症の進行とともに摂食嚥下障害は重症化していきます。

 まずは歯科を受診してう蝕・歯周病の治療や、必要があれば義歯を使うなど「食べられる口」をつくることが大切です。食べる楽しみが失われると、生活の質が低下することも大きな問題です。


注意すべきポイントを教えてください。

 摂食嚥下障害の症状は特に食事中に顕著に現れます。口から食べ物がこぼれる、むせることが多い、飲み込むまで時間がかかる、食べ物がのどに残っている感じがする、食後に痰が出やすいなどの症状がみられると、低栄養や脱水を引き起こしたり、食事や飲み物を誤嚥することで窒息や誤嚥性肺炎につながったりすることもあります。

 誤嚥性肺炎は特に高齢者に多い疾患で死亡者が増加傾向にあり、高齢化の進展に伴って今後もさらに増えることが懸念されています。誤嚥性肺炎の直接的な原因は、口腔内の常在菌であることが分かっています。歯の有無にかかわらず歯ブラシなどで口腔内を清掃することは、歯を健康に保つだけではなく口腔内の細菌数を減らし気道感染、誤嚥性肺炎を予防するためにも重要です。

 上記の症状のほかに体重の減少や夜間のせき、熱発を繰り返すなどの症状がある場合は摂食嚥下障害が疑われますので、歯科医に相談するなどして、摂食嚥下障害を専門的に診る医療機関を受診することをお勧めします。 

2022年9月8日木曜日

高齢者のめまい

西さっぽろ脳神経外科クリニック 笹森 孝道 院長


めまいについて教えてください。

 脳神経外科の外来では、めまいを訴えて受診される患者さんが多くいらっしゃいます。初めて経験するめまいは、患者さんにとっては恐ろしいものです。「天井がぐるぐる回った」「後ろに倒れそうになった」「地震かと思った」「立ち上がったら目の前が暗くなった」などの症状がみられますが、その訴えの中にはさまざまな原因が考えられます。

 頻度が高いものは、内耳障害によるめまいですが、脳の障害で起こる“怖いめまい”との鑑別が重要です。症状の強さだけで判断することは禁物で、めまいとともに言葉のもつれや手足の脱力・しびれが出ているようなら、脳の障害が疑われます。中には非常に鑑別の難しいめまいもあります。脳の障害によるめまいは極力早く診断し、治療に入る必要がありますが、その際にはMRIによる診断が有用です。


高齢者のめまいにはどのような特徴がありますか。

 高齢者は、加齢に伴い平衡感覚の衰えや血圧を調節する能力が衰えているので、めまいを起こしやすいです。高血圧や糖尿病などの持病を抱えていることも多く、それらの薬の副作用でめまいを起こすこともあります。

 高齢者のめまいには、原因を簡単に明らかにできないことも多いです。もともと耳鳴りや難聴がある場合のめまいは、必ずしも内耳に原因があるとはいえません。例えば「起立性低血圧」とは、座った状態から立ち上がった時に血圧が低下する状態をいい、若い方は顔が青ざめ冷や汗が出るなどし、失神してしまうケースもあります。高齢者はこのような激しい反応は起こりにくいとされていますが、一方で、加齢のため血圧を一定に保つ自律神経の働きが衰えているため、血圧が少し下がっただけでもめまいを起こしやすく、やはり立ち上がる際には注意が必要です。

 また、暑い時期は汗をかきやすいため、脱水からめまいを起こすこともあります。特に高齢者はのどの渇きを感じにくくなるため、脱水状態になりやすいです。夜間にトイレに行くのを減らそうと水分補給を控えることがありますが、脱水の予防を考えると好ましくありません。入浴や就寝前にはコップに1杯の水を飲むようにしましょう。

 漢方薬がめまいの症状に有効なことも多いです。長引くめまいの症状でお悩みの方は、ぜひ一度専門医にご相談ください。


2022年8月25日木曜日

社交不安症

 医療法人北仁会 いしばし病院 内田 啓仁 医師

―社交不安症とはどのような病気ですか。

 社交不安症(SAD)は、多くの人から注目される行動に不安を感じ、顔が赤くほてる、脈が速くなる、息苦しくなる、おなかが痛くなるなどの症状が現れる病気です。例えば、公式な席であいさつをする、会議で指名され意見を言う、よく知らない人に電話をかける、外で他人と食事をするといった状況で症状が出ることが多いです。

 人から注目を集める場合に不安を感じることは誰にでもありますが、SADの人は常に悪い評価をされたり、笑い者にされたりするのではないかという不安感を覚え、そうした場面に遭遇することへの恐怖心を抱えています。SADのため、他人との関わりが辛くなり、不登校や出社拒否など社会生活に支障を来すケースも少なくありません。

 SADは10〜20歳代の発症が多く、症状が慢性化すると、うつ病やアルコール依存症など別の精神疾患の合併が問題となります。心の病気か、性格の特性か、見分けがつきにくいのもSADの特徴的な一面で、「内気」「人見知り」「引っ込み思案」などと思い込み、診療の機会を失ったまま過ごしている人も多いです。

―治療について教えてください。

 SADの治療法は大きく2つ、薬物療法と精神療法があります。治療の柱となる薬物療法では、不安や恐怖を感じる原因とされる脳内物質のバランスを保つ薬「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」を用います。「抗不安薬」や「β遮断薬」などを併用し、不安時の身体症状の緩和を図る場合もあります。

 精神療法では、物事の受け止め方のゆがみや偏りを修正していく「認知行動療法」や、不安が生まれる状況にあえて飛び込んで段階的に身を慣らしていく「暴露療法」などが有効です。同時に、適度な有酸素運動などの生活指導、リラックス法や呼吸法など不安状況への対処法の指導も行われます。

 SADは次第に認知されてきましたが、まだ十分に知られていない病気です。何より大切なのは、SADは単なる性格の問題ではなく、治療可能な心の病気だと理解することです。治療によって長年の苦痛から解放され、人生が大きく変わる患者さんもたくさんいます。不安の程度が強かったり、頻度が高かったりする場合は、思い切って専門医を受診し、適切な治療を受けることをお勧めします。

2022年8月18日木曜日

月経前の精神的不調について

医療法人社団 正心会 岡本病院 瀬川 隆之 医師

―月経前になるとイライラや気分の落ち込みが激しくなるのですが、これは病気でしょうか? 

 月経前の時期に精神的、身体的に不調となる女性は多く、このような不調を月経前症候群(PMS)といいます。その中で特に精神症状が重いものを月経前不快気分障害(PMDD)と呼び、月経のある女性の5%程度が当てはまります。PMDDはアメリカではうつ病の一種として扱われています。PMSやPMDDの精神症状は、排卵後から月経開始日前後の間にみられる憂うつな気分やイライラなどで、情緒不安定となり周囲の人とトラブルになることもあります。月経が始まるとこれらの症状は消失します。

 月経前の不調は、元からある精神疾患の症状悪化としてみられることもあり月経前増悪(PME)とも呼びます。うつ病の患者さんではさらにうつ状態が悪化し、統合失調症の患者さんでは自分を責める幻聴が増えたりします。PMSは婦人科での対応となりますが、PMDDやPMEとなると精神科がかかわる必要があるでしょう。

―治療について教えてください。

 PMS、PMDD、PMEは女性ホルモンの変動が主な原因と考えられています。そのため婦人科的治療では低用量ピルなどを利用し、排卵を抑制してホルモンの変動を抑えます。また、女性ホルモンにより脳内のセロトニン神経系に変化が生じていることが推測されているため、精神科的治療としては抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を使用します。うつ病の治療時とは異なり、少量のSSRIで数日以内に効果が現れるケースが多いです。即効性があるため月経前の時期だけSSRIを内服する間欠療法が可能ですが、月経周期がはっきりしない場合や間欠療法では十分に効果が出ない時には継続的な服用が必要となります。

 副作用などでSSRIが使えない場合は「加味逍遙散」「抑肝散」などの漢方薬で、ある程度症状が改善することがあります。またストレスで症状が出現、悪化する病気であるため、月経前の時期には特にストレスを避けるよう気を付けてもらいます。

 精神科などで指摘されて初めて、精神症状が月経周期と関連していることに気付く方もいます。自身の精神的不調が月経周期と関連していないか、特に月経前の時期に症状が出現している方は一度受診して確認してみてはいかがでしょうか。

2022年8月11日木曜日

苦痛の少ない内視鏡検査

やまうち内科クリニック 山内 雅夫 院長

―胃内視鏡検査、大腸内視鏡検査について教えてください。

 これまで、胃内視鏡検査は口から入れる経口内視鏡を用いるのが一般的でした。しかし、最近は「経鼻内視鏡検査」という鼻から挿入する方法で検査が行われることも増えてきました。経鼻内視鏡は以前からありましたが、近年は著しく性能が良くなり、導入する医療機関が急増しています。

 経鼻内視鏡は弾力性のあるしなやかなチューブで、直径は5mm台と一般的な経口内視鏡に比べて細く、スムーズに挿入することができます。画像もクリアな高画質で、視野が広く、ごく小さな病変も発見することが可能です。

 経口内視鏡は挿入時、舌の付け根の舌根という部分に内視鏡が触れることで、検査の最中に「オエッ」という吐き気をもよおすことがあるなど、患者さん の負担が大きかったのですが、経鼻内視鏡では鼻から挿入した内視鏡は鼻腔(びくう)を通って食道に入るため、嘔吐(おうと)感や痛みがほとんどありません。また、検査中に医師と会話できることも、患者さんと医師双方にとって大きなメリットになっています。

 大腸内視鏡というと、どうしても辛く苦しい検査を想像してしまう方が多いと思いますが、こちらも器具や技術の進歩により、従来に比べて検査は楽になってきています。多少の圧迫感はあっても、痛みを抑えて検査を終えることができます。また、鎮痛剤を用いることで、眠っている間に治療が終わるケースもあるようです。

―内視鏡検査を受けるべき年齢や頻度について教えてください。

 大腸がんのリスクが高くなる40代以上は、胃がんのリスクが高くなる年代でもあります。「検査が怖い」「以前すごくきつかった」など、大腸や胃の内視鏡検査を苦手とするために、がんなど重篤な病気の発見が遅れてしまう例も少なくありません。がんや潰瘍など、食道や胃、十二指腸、大腸、小腸などの疾患は、早期発見・早期治療が完治への近道です。そのためには、定期的な検査が重要です。

 それぞれの内視鏡検査を受けるのに適切な時期や間隔は、病歴・経過や家族や近親者の病歴などにより個人差はありますが、基本的には40歳になったら「まずは一度」、50歳代以降では1年〜数年ごとに検査されることをお勧めします。

2022年8月4日木曜日

新型コロナ感染・療養後の長引く咳(せき)について

 ゲスト/白石内科クリニック 干野 英明 院長


新型コロナウイルス感染症の療養後も咳(せき)症状が残っている場合、どのような病気が疑われますか。

 新型コロナウイルス感染症の症状は、咳のほか、発熱や倦怠感、咽頭(いんとう)痛などさまざまなものがあります。熱が下がり、のどの痛みなどもおさまり、体調が回復したと思っても、咳だけが残る場合があります。「コロナ後遺症」の可能性も考えられますが、コロナ感染・療養後に長引いている咳は、肺に通じる気道に炎症が起こる「ぜんそく」やその前段階とされる「咳ぜんそく」が疑われます。

 ぜんそくや咳ぜんそくの咳は、●季節の変わり目に咳が出る ●痰(たん)が少なく、乾いた咳が出る ●夜寝る前や早朝に咳が出る ●のどがイガイガしたりムズムズしたりする、といった特徴があります。ハウスダストや花粉、カビなどのアレルギー物質が原因となることが多く、小児ぜんそくの既往がある方やアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎を持っている方がかかりやすいです。初期段階では、昼間は落ち着いていても、寝ている夜間や明け方に激しくせき込み、呼吸時に「ゼーゼー」「ヒューヒュー」といった音がする喘鳴(ぜんめい)が起こることが多いです。

 タバコを吸う方であれば、主に喫煙が原因で、気道が閉塞して呼吸機能が低下する「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」も疑われます。


検査や治療について教えてください。

 咳が1週間以上続く場合、まず胸部レントゲン検査を行います。異常が認められると、精密検査として胸部CT検査を行うのが一般的です。ぜんそくやCOPDの診断には、息を思いっきり吸ったところから勢いよく吐き出し、その1秒間に吐いた量を評価する肺機能検査が有用ですが、息を吐き出す時に飛沫が飛ぶ可能性があるため、コロナ禍ではなかなか行いづらくなっています。そこで、肺機能検査に準ずるものとして、患者さんからの症状の聞き取りや患者さんに回答してもらう質問票が重要になります。

 ぜんそく、咳ぜんそくの治療は、一般的な咳止めの薬では症状の改善がなかなか難しく、吸入ステロイドや気管支拡張剤などを使います。何よりも重要なのは、治療していく中で咳症状が落ち着いてきても、自己判断で治療を中断しないことです。気管支内の炎症は長く残ることが多いので、一定期間、決められた吸入回数で継続した治療を行うことが大切です。

 COPDと診断された場合も、狭くなった気管支を拡げて呼吸を楽にする吸入薬を使います。ぜんそく同様、継続的な治療が必要です。また、症状を悪化させないためにも禁煙が治療の前提となります。

2022年7月27日水曜日

噛(か)むことについて

 ゲスト/E-line矯正歯科 上野 拓郎 院長


近年、子どもたちの噛む力が弱くなっているといわれています。「よく噛むこと」はなぜ大事なのですか。

 噛まなければ飲み込めないような食べ物が多かった昔と違い、やわらかい食べ物があふれる現代。カレーライスやハンバーグ、麺類など、よく噛まなくてもすぐに咀嚼(そしゃく)でき、飲み込めるようなメニューが食生活の中心になり、子どもたちの噛む回数は減っています。

 診療で長年子どもの歯をみてきた実感として、乳歯の時期から「よく噛んで食べる」習慣が身に付けられていないため、歯や歯を支える歯肉、歯槽骨、歯根膜などの成長が滞ったり、また、顎(あご)の骨や口周りの筋肉が十分に発達せず、歯並びに悪影響を及ぼしてしまうケースが増えています。口腔の健全な発育には、幼少期から噛む力を鍛えることが非常に重要なのです。

 よく噛むことのメリットは驚くほど多いです。顎の骨や口周りの筋肉の正しい成長を促すことのほか、食べ物をよく噛むことで出るだ液は、消化を助けることはもちろん、口の中をきれいにする作用もあり、むし歯や歯周病、口臭の予防にもひと役買います。噛むことで脳の満腹中枢が刺激され、早食いや食べ過ぎを抑えて肥満予防にもつながります。ほかにも、近年さまざまな研究からよく噛むことで脳のいろいろな部分が刺激され、脳を活性化させることが分かってきています。


噛む力を鍛えるには、どうしたらいいですか。

 まず、きちんと噛めるかみ合わせであることが重要です。常に上下の前歯が開いている開咬(かいこう)では前歯で噛み切ることができませんし、極端な上顎(がく)前突(出っ歯)や下顎前突(受け口)でもスムーズに噛めません。

 日常生活の中では、食物繊維が豊富な歯ごたえのある食材を選ぶなど、かみごたえのある食べ物を意識してメニューを考えてください。食材を大きく切ったり、薄味にしたりするなど調理法を工夫することで、噛む回数を増やすことができます。また、食べ物が口の中に入っている時に水やお茶で流し込んでしまうと、噛む回数が極端に減ってしまうので注意が必要です。遊びながらやテレビを観ながらの「ながら食べ」は、噛まずに飲み込む要因にもなるのでお勧めできません。

 楽しく食事できる雰囲気づくりも大切です。家族で、ゆっくり味わいながら食事をし、楽しみながらよく噛む習慣を身に付けさせてあげてください。

2022年7月20日水曜日

スーパーセンチナリアン

 ゲスト/琴似駅前内科クリニック 髙柳 典弘 院長


「スーパーセンチナリアン」とは、どのような人たちを指す言葉ですか?

 100歳以上の長寿者を「百寿者(センチナリアン)」、110歳以上を「スーパーセンチナリアン」と呼び、その人たちの特徴を知ることが、老いにくく元気に生きる健康長寿のモデルやヒントになると注目されています。

 近年、世界的な長寿化を背景に、100歳以上の高齢者の人口は急速に増加しています。老人福祉法が制定された1963年当時、日本の百寿者は153人でしたが、2021年の統計では8万人を超え、51年連続で過去最多を更新しています。ただ、世界的な長寿国である日本においても、20年の国勢調査で日本のスーパーセンチナリアンは141人で、いまだ希少な存在です。19年の世界のスーパーセンチナリアンのランキングデータでは、上位34人がすべて女性で、驚くことにそのうち14人が日本人でした。


スーパーセンチナリアンは、どうして元気で長生きできるのでしょうか?

 スーパーセンチナリアンの最大の特徴は、100歳時点でも日常生活の自立が保たれており、百寿者の中でも特に健康寿命が長いことにあります。一般的に、老化に伴って免疫力が低下してくると、がんや感染症などのリスクが高まりますが、スーパーセンチナリアンは免疫システムの司令塔役「T細胞」の構成が50~80歳と比べて大きく変化しており、がん細胞などを殺す「CD8陽性キラーT細胞」が多く含まれ、また、通常は血液中に数%しか存在しない「CD4陽性キラーT細胞」が高い割合で含まれていることが明らかになっています。なぜ多いのかや、どのような働きをしているか詳細はまだ不明ですが、免疫と老化、長寿の関係が分かれば、健康寿命を延ばすことに貢献できると研究が進められています。

 また、血液バイオマーカーを調べた結果、「NT-proBNP(神経内分泌因子)」の血中濃度が低いほどスーパーセンチナリアンに到達する可能性が高いことも分かっています。NT-proBNPは心不全の診断にも使われるもので、心臓の働きが悪くなると数値が上がってきます。つまり、スーパーセンチナリアンは心臓や血管の老化が遅いのも特徴です。ランニングや水泳などの運動を継続することがNT-proBNPを低く抑え、心機能の維持につながることが分かっています。意識して適度な運動を日常生活に取り入れることで健康長寿を期待できることは確実です。

2022年7月13日水曜日

胸部健診・肺がん検診の精密検査について

 ゲスト/医療法人社団 大道内科・呼吸器科クリニック 北田 順也 副院長


胸部レントゲン検査で異常を指摘されましたが、どうしたらいいですか。

 健康診断や肺がん検診の胸部レントゲン検査で「要精密検査」の判定を受け、いったい何が起こっているのか、自分はどうなってしまうのかと不安な気持ちになった方もいらっしゃると思います。

 レントゲン検査は立体的な人間の体を1枚の平面画像として写します。正常であれば左右の肺の部分が黒く写り、背骨や鎖骨、肋骨、血管や皮膚が白く写ります。このような黒と白のコントラストから病気の有無を判定していきますが(専門的には読影(どくえい)と言います)、肺の中の白い影が病気によるものか、正常の骨や皮膚による影なのか判断が難しいケースも出てきます。

 健診やがん検診で最も避けなければならないのは、病気があるのに見逃すということです。そのため、レントゲン写真で少しでも異常と思われる所見があれば、基本的には「要精密検査」と判定します。したがって、実際に精密検査を受けて詳しく調べた結果、最終的に「異常なし」と診断されるケースも多くあります。また、実際に病気が見つかることもありますが、健診やがん検診の段階で発見される場合、たとえ肺がんであっても治癒が見込める“早期”の可能性も十分にあります。

 精密検査が必要とされた方の中には、多忙を理由にしたり、恐怖心から受診をしない方もいらっしゃいますが、絶対に放置しないでください。過度な心配は必要ありませんが、ためらわず、できるだけ早く受診してほしいと思います。


精密検査では、どのような検査が行われますか。

 精密検査では病変や異常の有無の確度を高めるため、多くは胸部レントゲン写真の再検査のほか、「胸部CT検査」を行います。

 胸部CT検査は、体を細かく輪切りにして撮影する検査で、肺の断面図を見ることができます。断面図なので、レントゲン写真で見えた肺の中の白い影が、骨や血管などによる影なのか、病気による異常な影なのかを、ほぼ確実に見分けることができます。胸部レントゲン検査に比べ、病気を発見する精度は胸部CT検査の方が高いです。一方、CT検査はレントゲン検査に比べると用いる放射線の量は多くなります。被ばく量を考慮し、CT検査を躊躇する方も少なくないと思いますが、最近は被ばく量を抑えた「低線量CT」で検査を行っているところも増えているので、心配な方は医療機関に直接問い合わせてください。

2022年7月6日水曜日

双極性感情障害

 ゲスト/医療法人五風会 福住メンタルクリニック 宇佐見 誠 院長


双極性感情障害とはどのような病気ですか。

 双極性感情障害とは、かつて「そううつ病」と呼ばれた病態とほぼ同じです。うつ病のように、気分が落ち込んで、気力が湧かず憂うつな「うつ状態」が続くだけでなく、うつ状態とは逆に、気分が高揚し、発言や行動が活発で抑制がきかなくなりがちな「そう状態」にもなります。多くの場合、うつ状態とそう状態が交互に出現し、これらが数週間、数カ月続きます。

 うつ状態のときは、何をするのも億劫(おっくう)で集中力がなく、悲観的になりやすいです。睡眠が十分に取れなかったり、食欲もなく疲れやすくなったりもします。また、そう状態のときは、いわば空元気で、気が大きくなり浪費したり、普段にない高飛車な物言いで周囲の人とのトラブルになったりする場合もあります。ちょっとしたことでイライラして怒りっぽくなる人もいます。

 病気の原因はまだ十分に解明されていませんが、双極性感情障害と診断される人は、近親者の中にも同じ病気になっている人が多く、遺伝が強く関係するとされています。


診断や治療について教えてください。

 双極性感情障害は初めに症状が出現するときはうつ状態を呈することが多く、発症時はうつ病なのか双極性感情障害なのかわからない場合も多々あります。経過中に明らかなそう状態が出現して初めて双極性感情障害という診断になりますが、そう状態の症状が軽いときは、自分では本来の調子の良さと誤解してしまいがちですし、周囲も気付きにくいです。なかなか治らないうつ病と思っていたら、実は双極性感情障害だったというケースも多いです。

 うつ病と双極性感情障害では治療がまったく異なるので、専門医による鑑別診断は非常に重要です。双極性感情障害の治療の柱となるのは薬物療法です。気分の変動を改善・予防する気分安定剤を用いて、うつ状態とそう状態の波をうまくコントロールすることが目標となります。

 継続的な治療が重要な病気ですが、元気に回復した人や、症状や気分をコントロールしながら普通の人と変わらない日常生活を送っている人もたくさんいます。「どこか調子がおかしいな」「今までと様子が違う」など、気になる症状がある人や、周囲が患者さんの不調に気付いた場合は、ためらわず近くの精神科・心療内科を受診してみてください。

2022年6月22日水曜日

加齢黄斑変性に対する抗VEGF療法

 ゲスト/ふじた眼科クリニック 藤田 南都也 院長


加齢黄斑変性とはどのような病気ですか。治療についても教えてください。

 年齢を重ねれば誰でも起こりうる目の病気に「加齢黄斑変性」があります。ものがゆがんで見えたり、中心がぼやけたり黒く見えたりしたら要注意です。そのままにしておくと失明という深刻な事態を招きかねないため、おかしいなと思ったら早めの受診が大切です。加齢黄斑変性の診断には、眼球の断面図を鮮明に見られるOCT(光干渉断層計)を使った検査が有用です。

 加齢黄斑変性では網膜の外側にある脈絡膜に異常な新生血管が生じます。そこから血液成分が漏出し網膜がむくんだり、網膜下に液体がたまったりして網膜が正しく働かなくなります。治療はこの新生血管を抑えることが目標となります。加齢黄斑変性に対する治療の進歩は目覚ましく、現在は新生血管の発生を促す物質VEGF(血管内皮増殖因子)を阻害する薬を、目に直接注射する「抗VEGF療法」が主流となっています。継続的な治療が必要ですが、視力の維持のみならず、視力回復の可能性も見込める安全性、有効性の高い治療法といえます。

抗VEGF療法について詳しく教えてください。

 抗VEGF療法は加齢黄斑変性に対する代表的な治療法ですが、高齢者に起きやすい病気で眼底出血を起こす代表的な病気である「糖尿病網膜症」や「網膜静脈閉塞症」による黄斑浮腫(むくみ)にも適用が拡大されています。

 外来で目に直接する治療で、麻酔をするので痛みはほとんどありません。治療による合併症が少なく、安全で効果が高いのが特徴です。一般的には月1回の注射を連続3カ月行い、その後症状を見ながら必要に応じて注射します。

 難点は薬剤料が高価であることに加え、継続的な投与が必要となるケースが多く、治療費が高額になることでした。しかし、昨年11月にVEGF阻害薬のバイオシミラー(バイオ医薬品のジェネリック医薬品)が発売となり、薬剤料が対先行バイオ医薬品の約5割強であるため使いやすくなりつつあります。先行バイオ医薬品と効果や安全性が同等かを比較するため、実際の患者さんに使用する臨床試験を行い、安全で有効な医薬品と確認された上で製造販売が承認された薬です。診療の現場でも、先発薬と同様の治療効果を上げています。


2022年6月15日水曜日

AI(人工知能)技術を用いた内視鏡検査

 ゲスト/福住内科クリニック 佐藤 康裕 院長


内視鏡検査へのAI導入について教えてください。

 暮らしを便利で快適にするAI技術は、私たちの生活に浸透し役割を広げつつあります。医療現場においてもAI技術を導入することでより正確な診断や判断が可能になり、医療の業務負担の軽減に役立つことが期待されています。なかでも顔認証などにも使われる<画像認識>はAIの得意分野であり、内視鏡やレントゲンなどの画像診断にAIは特に有効活用できると考えられています。

 すでに実用化されているのが、大腸内視鏡検査中にリアルタイムで病変を検出・診断するシステムで、2019年に「AI医療機器」として初めて国の承認を受け、日常診療にも導入されつつあります。大腸がんは近年、増加しているがんの一つで、がんの中で罹患者数第1位、死亡者数第2位となっていますが、早期に発見し、適切な治療を受ければ治癒させられる可能性が高いがんです。それだけに早期の発見が重要であり、AI内視鏡によって検査精度がさらに高まることが期待されます。


AIを用いた内視鏡検査の実際について教えてください。

 当院でも21年からAI内視鏡を導入し、大腸内視鏡検査全例に使用しています。カメラの操作は従来と同じですべて医師が行い、検査時間など患者さんの負担は何も変わりません。AIの1つ目の機能は、病変が疑われる箇所を見つけると画面上に枠で囲んで表示し、検出音を鳴らして医師に知らせるものです。大腸の病変は見つけにくいものもあり、専門医であっても100%検出できるとはいえないので、AIとのダブルチェックで精度を高めます。

 AIの2つ目の機能は、ポリープなどの病変について「がんにならない/治療の必要がない病変」か、「治療が必要な腫瘍性の病変」かを鑑別し画面に表示することです。大腸ポリープはすべてを切除する必要があるわけではなく、病変ごとに正確に判断し過不足なく治療することが重要です。ほとんどのケースで医師とAIの診断は一致しますが、こちらもダブルチェックで精度を高めます。

 最終的な診断・判断は医師が行うので、現状ではAIは医師の業務が円滑に進むよう支える「アシスタント」だと考えています。しかし、AIには疲労や老化がなく、アップデートを繰り返し進歩していきますので、街中が完全自動運転車ばかりになるような未来にはAIと医師の関係性も変化しているかもしれません。

2022年6月8日水曜日

人工膝関節単顆置換術

 ゲスト/医療法人知仁会 八木整形外科病院 小野寺 純 医師


膝の痛みの原因と治療について教えてください。 

 中高年以降に多い膝の病気の一つに「変形性膝関節症」があります。膝関節の中で表面を覆っている軟骨が、老化やけがなどですり減ることで発症します。痛みだけでなく、膝の形が変わってしまい、進行すると日常生活にも支障が出てきます。

 薬(消炎鎮痛剤、ヒアルロン酸の関節内注射など)や装具(サポーター、足底板など)による保存治療を続けても痛みが改善しない場合、日常生活に支障が出たり、趣味やスポーツなどやりたいことができなくなったりした時、手術療法が考慮されます。

 代表的な手術として「骨切り術」と「人工膝関節置換術」があり、年齢や症状、生活状況に応じて使い分けます。一般的には、症状が初期から中期であれば骨切り術、末期であれば人工膝関節置換術を、また、若い人には骨切り術、高齢者には人工膝関節置換術を勧めるケースが多いです。

 人工膝関節置換術は、傷んだ関節の骨と軟骨を取り除き、人工関節に置き換える手術で、術後はほぼすべてのケースで痛みが消え去ります。膝関節の表面すべてを人工関節に換える「全置換術」と、悪くなった一部分だけを換える「単顆置換術」があります。


人工膝関節単顆置換術とは、どのような手術ですか。

 膝関節の軟骨のすり減りはほとんどの場合、内・外側の片方から生じます(日本人はO脚が多いので主に内側)。軟骨の損傷が内側もしくは外側だけに限定されている膝に対して、部分入れ歯のように傷んだ箇所だけを人工関節に置き換える手術が単顆置換術です。全置換術に比べ、手術による傷が小さく、出血量も骨を削る量も少なく、リハビリによる回復速度も早いです。早期退院・社会復帰が見込めるだけでなく、術後の関節の動きもより自然に近いです。ただし、靭帯の損傷がないことや、反対側の軟骨が正常であることなどの条件があり、すべての症例に単顆置換術が行えるわけではありません。

 長寿社会を迎え、これまで以上に人工関節を必要とする患者さんが増えると予想されます。メリットの多い単顆置換術ですが、軟骨のすり減りが内側を超えて膝全体に広がると全置換術しかできなくなります。保存治療や骨切り術なども含めた上で、適切な時期に最適な治療を受けることが大切です。膝に痛みや違和感を感じている方、我慢・放置せずに早めに整形外科を受診してください。


2022年6月1日水曜日

関節リウマチ診療における「患者報告アウトカム(PRO)」の重要性

 ゲスト/佐川昭リウマチクリニック 佐川 昭 理事長


関節リウマチ診療において「患者報告アウトカム(PRO)」が果たす役割について教えてください。

 近年、骨破壊を抑える効果が期待できる生物学的製剤の登場など、診断技術や治療方法の大幅な進歩によって、強い痛みや関節の変形などの症状が消失した状態である「寛解」を目指し、長期にわたって寛解状態を維持できる“新しい時代”を迎えています。

 一方で、治療の進展にかかわらず、残存する目に見えない痛みや倦怠感、朝のこわばりといった症状は、周囲の理解を得ることが難しく、また伝えることも容易でないため、日常生活において悩みを抱える患者さんがおられます。

 患者さんのこうした現状をもっと深く理解し、患者さんが医療者に伝えたい望みや困っていることを指標化した評価法を診療の現場に取り入れ、患者さんがより高い満足度を得られる治療につなげていこうとする動きが活発になってきました。

 その評価法が「患者報告アウトカム(PRO=Patient-reported outcome)」で、例えば「今の痛みの程度は0点から10点のうち何点ですか?」と質問するなど、痛みや不安など身体・心理的な症状や健康状態を患者さんに直接尋ね、患者さんの主観的な評価を測定する指標・考え方のことです。

 更に具体的にいうと、医療者は「症状のコントロールと長期障害の予防」を最大の目標に治療を行いますが、患者さんは「今日のこの痛みを何とかしたい」「日常の活動がもっとできるようになりたい」と考えています。医療者と患者さんでは治療目標に違いが生じますが、リウマチの改善に対する評価・考え方が異なるためです。患者さんにとっては、客観的なデータである血液検査の数値や画像検査の所見が良くなっていたとしても、他人にわかりづらい痛みや倦怠感、こわばりといった症状が残っていればリウマチが改善したとはいえないのです。

 患者さん自身が語る症状や健康状態をもとに、疾患がもたらす負担などを評価する患者報告アウトカムの種類はいくつも登場しています。患者報告アウトカムは、患者さんが待合室で規定の用紙に記入するか、タブレットなどを使用した電子フォームに入力するのが一般的です。患者さんは患者報告アウトカムを通じて、自身の疾患管理に関与していることを実感でき、治療満足度の向上に有効であると考えられます。

 医療者が持っている専門的な所見を押し付けるのではなく、あくまで患者さんの体感に基づく説明を尊重しながら、対等に医療者の見方とすり合わせて主観的な納得を築こうという患者報告アウトカムのようなアプローチは、今後ますます重要になっていくことが予想がされます。


2022年5月25日水曜日

開咬(かいこう)

 ゲスト/E-line矯正歯科 上野 拓郎 院長


開咬について教えてください。

 開咬は、奥歯で噛(か)んでも前歯は噛んでおらず、常に前歯が開いた状態になることをいいます。前歯は外側からは唇(くちびる)の力、内側からは舌の力によって押され、力のバランスのとれたところに並びます。このバランスが崩れたとき、開咬になることがあります。幼少のころからの「指しゃぶり」や食べ物を飲み込むときに舌が出るなどの「舌癖」、蓄膿(ちくのう)症などの呼吸器系の慢性疾患による「口呼吸」などが、バランスを崩す要因となります。

 開咬は口が閉じづらいため、無意識のうちに口元に力が入り、緊張して見えがちです。審美面だけでなく、きちんと発音できない、前歯で食べ物を噛み切ることができない、奥歯や舌を使って食べ物を噛み切る悪い癖がつきやすいなど、機能面での問題も大きいです。また、前歯が噛み合わないので奥歯に過剰な負担がかかり、破損や歯周病が進むなど奥歯の寿命に影響する場合もあります。


どのように治療しますか。

 開咬は治療が難しい噛み合わせの一つです。その理由は、舌の悪癖が関与しているケースが多いからです。矯正治療で一度は前歯がしっかり噛んだとしても、悪癖が残っていると後戻りしやすいです。治療とともに悪癖を取り除く訓練をすることが重要です。

 開咬の原因が悪癖にある場合、早い段階での治療が何よりも大切です。軽い開咬であれば、矯正装置を装着せずにMFT(口腔筋機能療法)という口元の筋肉トレーニングだけで矯正できるケースもあります。一方、大人になってからでは、顎の骨を切る外科的手術が必要になることもあり、治療に時間がかかり負担も増します。

 歯科矯正技術は日々驚くほど進歩しています。近年、「歯科矯正用アンカースクリュー」と呼ばれるネジを歯茎の骨の部分に入れ、歯を動かす時の固定源とする方法が登場し、開咬の治療も大きく変わりました。効率よく歯を動かすことができ、治療期間の短縮が期待できるほか、従来では手術が必要とされていた症例でも手術を回避できるケースが増えています。

 受診の目安は、前歯が4本永久歯に生え替わった時期です。乳歯から永久歯への移行を、より自然に、正しく美しい歯並びに誘導することが可能です。歯並びの検診を受けるつもりで、矯正歯科医を訪ねてみてください。

2022年5月18日水曜日

最新の糖尿病治療

 ゲスト/医療法人社団 青木内科クリニック 青木 伸 院長


最新の糖尿病治療薬について教えてください。

 糖尿病治療薬の最近の進歩は目覚ましいものがあります。飲み薬では、高血糖の時にだけすい臓からインスリンを分泌させ、正常血糖値へ下げる「DPP-4阻害薬」があります。この薬は、理論的には低血糖を起こさず治療できる薬剤で、糖尿病の平均血糖の指標であるHbA1c値を1.0%前後下げます。この薬と同じ系統の注射薬も登場し、「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれています。この注射薬はHbA1c値を1.6%前後下げます。1日1回の注射が必要ですが、現在は1週間に1回で済む注射薬も出ました。この系統の注射薬は、すい臓のインスリンを出す細胞を保護し、インスリンの分泌を弱らせない作用も持ち合わせているといわれています。最近では、GLP-1受容体作動薬の飲み薬が登場し、治療方法が容易になってきました。従来まで体重を減少させる糖尿病薬がありませんでしたが、「SGLT-2阻害薬」が登場し、この薬剤は血糖値を下げると同時に体重も減らします。最近の研究データ結果によると、この種の薬剤は、心血管系の心不全の出現を抑える働きと糖尿病性腎臓病を良くする働きを持ち合わせていることが判明してきています。

 一方、インスリン注射に目を向けると、「持効型インスリン(1回の注射で24時間効果を持続する長時間作用型インスリン)」があります。飲み薬の治療が効かなくなる症例でも、飲み薬をそのまま服用しながら、1日1回の持効型インスリンの注射を加えると血糖値が改善する症例もあります。「混合型インスリン」は従来まで濁った製剤でしたが、透明な製剤が登場し、10回以上振って混合しなくても済むようになりました。

 さらに、持効型インスリンと前述したGLP-1受容体作動薬の配合剤が登場し、1回の注射で空腹時血糖と食後血糖を下げる効果があります。


糖尿病の治療について教えてください。

 糖尿病の治療状況が良好といえる目安は、HbA1cが7.0%以下になっている場合です。糖尿病の患者さんの約半数が、高血圧と脂質異常症(高脂血症)を合併しているといわれています。糖尿病を合併した高血圧の治療はとても重要で、血圧の治療目標値は125/75mmHg以下です。自宅で測定できる血圧計を治療に役立てる方法もあります。この場合使用する測定器は、指先や手首に巻くタイプのものではなく、上腕に巻くタイプのものをお勧めします。脂質異常症の治療目標値は、LDL-コレステロール(悪玉コレステロール)が120mg/dl以下です。糖尿病に重症の虚血性心疾患、腎疾患、脳梗塞、下肢動脈閉塞、メタボを合併している場合には、LDL-コレステロールは70mg/dl以下と治療の基準値が厳しくなりました。

 以上のようなさまざまな基準値を長期間保てると、眼底出血による失明、腎臓の悪化による透析、足の潰瘍・壊疽(えそ)による足の切断など、糖尿病に由来する重症の合併症にならなくて済みます。それ以外にも脳梗塞、心筋梗塞などの予防にもつながります。

2022年5月11日水曜日

大人のADHD(注意欠陥多動性障害)

 ゲスト/医療法人 耕仁会 札幌太田病院 太田 健介 院長


大人のADHDについて教えてください。

 ADHDは「注意欠如多動症」という発達障害です。具体的な症状は、忘れ物やなくし物が多い、遅刻が多い、部屋を片付けられないなどの「不注意」、落ち着きがない、じっとしていられない、一方的にしゃべりすぎるなどの「多動性」、後先考えずに発言・行動する、怒りや欲求を抑えられない、物事にのめり込みやすいなどの「衝動性」が特徴です。

 ADHDは子どもの障害と思われがちですが、大人のADHDは増加傾向にあり、成人の国内有病率は約5%と、報告があります。受診のきっかけは、職場など周囲から勧められた場合や、うつ病や社交不安障害などの他の疾患で受診する場合が多いです。子どもの頃には問題がなく、あるいは程度が軽く、大人になってから初めてADHDの診断がつくケースも多く、職場などの複雑化した社会生活や対人関係の中で問題が顕在化し、離職や失業、離婚などに至ることもあります。

 大人のADHDは「二次障害」としてうつ病や社交不安障害、摂食障害、依存症などの精神疾患を合併している割合が高いです。また、社会的なコミュニケーションや対人関係の困難さ、こだわりの強さといった特徴がある発達障害「自閉スペクトラム症(ASD)」を併発しているケースが約半数に認められます。


診断と治療について教えてください。

  診断は、本人への診察だけでなく家族など身近な人からも生育歴を聞き取り、母子手帳や通知表などの資料も参照しながら、知能検査や心理検査を行って総合的に判断します。

 治療方法は、大きく分けて心理教育や環境調整などの心理社会的な介入と薬物療法の2つがあります。前者は、本人がADHDの症状について詳しく知り、自分の困りごとをADHDという観点から整理して理解したり、日常生活をうまく運んでいくための対処法を学んだりする治療のことです。薬物療法はメチルフェニデート、アトモキセチン、グアンファシン塩酸塩などのADHD治療薬が有効なケースも多いです。二次障害には症状に応じた治療を実施します。

 日常的に生きづらさを感じているなら、まずは適切な診断を受けることが重要です。何が日常生活で困難になっているかを知れば、その対応策はいくつもあり、周囲のサポートを得られる可能性も高いです。

2022年5月2日月曜日

摂食障害

 ゲスト/医療法人北仁会 いしばし病院 畠上 大樹 医師


摂食障害とはどのような病気ですか。

 摂食障害はさまざまな心理的・社会的な要因から、体重や体型の変化に過度にこだわり、食行動に異常を起こす病気です。10〜20代の若い女性を中心に増加傾向にあり、“やせ願望”からダイエットを繰り返すことが発症のきっかけとなる例が目立ちます。大きく分けて、極端に食事を制限する「拒食症」と、過剰に食べる「過食症」があります。いずれも太ることへの恐怖感を持っており、拒食の反動から過食に変わるケース、拒食と過食を繰り返すケースなどさまざまです。

 健康上、明らかに問題をきたしているのに、自分が病気だという認識を持てなかったり、病気に気づいても隠したり、適切な治療を受けないまま重症化するケースが多いです。極端な低体重や肥満を招くため、栄養失調による生理不順や骨粗しょう症、感染症、肝機能障害などさまざまな身体的症状がみられるようになり、日常生活にも影響が出てきます。

 摂食障害の死亡率は約5%と精神疾患の中で特に高い数値となっています。症状が出てから受診するまでの期間が、その後の経過を大きく左右するため、早期の診断・治療開始がとても重要です。


治療について教えてください。

 摂食障害の治療は、まず自分を苦しめているのは自分自身ではなく、「病気」であることを認識し、「気の持ちよう」や「本人の努力」だけでどうにもならないと知ることから始まります。

 そのために、病気を「別れなければいけない恋人」に例えるなどし、擬人化することで、患者さんの内面に問題があるのではなく、その恋人=病気こそが問題の元凶なのだというふうに発想の転換を図ってもらう(外在化の技法)など、患者さん自身が治療に積極的に取り組み、医療者と力を合わせて治していこうという気持ちを持ってもらえるよう、さまざまな手を尽くします。

 治療に特効薬はありませんが、カウンセリングによる認知行動療法や自助グループでの対話などに効果が認められています。一般的に摂食障害の治療は時間を要することが多いです。一進一退を繰り返しながら徐々に良くなっていきます。回復への道は決して平坦ではありませんが、必ず治る病気です。あせらず、あきらめず、ゆっくりと治療を続けることが第一です。

2022年4月27日水曜日

口腔機能発達不全症

 ゲスト/医療法人社団アスクトース 石丸歯科診療所 内山 喬博 副院長


口腔機能発達不全症とはどのような病気ですか?

 お子さんが生まれつき骨や筋肉の成長に影響を与える病気がないのに、「食べる」「話す」「呼吸をする」といった口の機能の発達が遅れている状態をいいます。具体的には、食べるのが遅い、発音や滑舌が悪い、いつも口を開けているなどの症状が当てはまります。

 こうした口腔機能の発達不全は、離乳期に発育に応じた硬さや形状の食べ物が与えられなかった、永久歯が生えるまでの時期に丸飲みの習慣がついた、幼児期にさまざまな大きさや硬さのものを適切に食べてこなかった、など離乳期や幼児期の食習慣などが関係していると考えられています。また、猫背やテレビやゲームをしている時の姿勢が悪いと、体の成長のバランスが崩れ、お口の周りの成長も遅れ口を閉じる力が弱くなることもあります。

 お子さんにこのような症状があっても、成長の個人差として見逃されるケースが少なくないのが現状です。成長発育の遅れや問題は、放置していると生涯にわたって健康に悪影響が出る可能性もあるので、速やかに見つけて対処することが重要です。


口腔機能発達不全症の診断と治療について教えてください。

 診断は、離乳完了前後に分けて、「食べる」「話す」機能が十分に発達するかを調べます。離乳完了前では哺乳の仕方や回数、時間、歯の状態や歯ぐきの形、唇や下の動きの状態などをみます。離乳完了後では食べもののかみ方、飲み込み方、食べこぼしなど食事の様子を観察するほか、発音の状態もみます。

 お口の成長の遅れや発育の問題が見つかった場合、まず虫歯の治療や予防に取り組み、口呼吸の改善や舌の悪い癖を直すための指導を受けます。虫歯で痛みがあると食事をしっかりとれなくなり栄養が不十分となって、口や舌を動かす筋肉の成長が遅くなってしまうからです。また、虫歯の放置は歯並び、かみ合わせに悪影響を及ぼし、口周りの骨や筋肉のバランスが崩れる原因にもなります。口呼吸は乾燥しやすく虫歯の原因に、舌の悪い癖は放置していると悪い歯並び・かみ合わせの原因になります。

 そのほか、「口腔筋機能療法(MFT)」と呼ばれるトレーニングで口周りの筋肉を鍛えたり、食習慣を見直したりし、原因を見極めながら必要な治療や訓練を行っていきます。お子さんに心配な症状があれば、早めにかかりつけ歯科医にご相談ください。

2022年4月20日水曜日

春先に増えるニキビの治療と予防

 ゲスト/宮の森スキンケア診療室 上林 淑人 院長


ニキビについて教えてください。

 進学や就職、出会いや別れ…と、新生活がスタートする春は何かと心身にストレスを受けやすい季節でもあり、肌荒れ、特にニキビに悩む方が多く来院されます。また、コロナ禍のマスク生活が長引き、「マスクのところにニキビができて困っている」という相談も多いです。

 ニキビは毛穴に皮脂が詰まり、そこにアクネ菌という細菌が感染して起こります。皮脂の分泌が盛んな部分に発症しますが、その原因は体質や肌質、学校や職場、家庭でのストレス、偏った食生活、睡眠不足などいろいろです。男性に比べ、化粧をする女性の方が悪化したり長引いたりしやすい傾向にあります。


ニキビの治療法と予防法を教えてください。

 ニキビには「こうすれば必ず良くなる」と単純に行かないことが多く、その人に合った治療法を見つけ、それを継続することが大切です。思春期のニキビは、比較的治療効果が出やすく、塗り薬だけで改善されることが多いです。20〜30代に出る“大人のニキビ”は、塗り薬だけでは改善せず長引くケースも多く、ビタミン剤や抗生物質の服用が必要になることもあります。最近は保険適用の塗り薬が複数発売され、治療の選択肢が増えています。

 また、一般的なニキビ治療では改善がみられない場合、漢方薬による治療が効果的なことがあります。ニキビの性状と患者さんの体質や体力、ホルモンバランスなどを総合的にみて、一人ひとりに合った漢方薬を処方します。

 できるだけストレスをためず、栄養バランスのとれた規則正しい食生活を送り、過労や寝不足、お酒の飲み過ぎを避けるなど生活習慣を改善していけば、ニキビの予防につながります。また、洗顔は大事ですが、洗いすぎは良くありません。洗顔料を十分に泡立て、やさしく洗い、しっかりとすすぐようにしましょう。間違ったスキンケアがニキビを悪化させているケースも多く見受けられます。ニキビ対策にはなるべく油分の少ない化粧品を選び、乳液や栄養クリームなどの使用は最小限にとどめましょう。

 “マスクニキビ”の主な原因は、マスクによるこすれとマスクの着脱による蒸れや乾燥です。対策には、マスクを外したときには適宜、余分な皮脂や汗を拭き取って清潔を保ち、保湿剤を塗るようにしましょう。マスクを付ける前に保湿剤を使うのも有効です。


2022年4月13日水曜日

手足のしびれ

 ゲスト/西さっぽろ脳神経外科クリニック 笹森 孝道 院長


手足のしびれについて教えてください。

 手足のしびれが気になり、脳神経外科の外来を受診する患者さんが増えています。「脳梗塞などの脳血管疾患の症状ではないか?」「どこか血流が悪くなっているのではないか?」と心配される方が多いようです。

 しびれが長く続く場合や、症状がだんだん悪くなるようであれば、すぐに医療機関、専門医を受診した方がいいでしょう。また、急にしびれが起こって持続する場合も、脳や脊髄の病気が考えられるので、早めに受診してください。

 脳の病気によるしびれには、脳梗塞などの脳血管疾患があります。急にしびれが起こって、その後しびれが持続するのが特徴です。片側の手と口周囲のしびれが同時に起こる場合もあります。これは「手口感覚症候群」といい、脳の中の視床という部位の病気で起こります。脳梗塞の好発部位でもあるので、手口感覚症候群がみられたら、手足のまひやろれつが回らないなどの症状がなくても、すぐに脳神経外科を受診してください。


手足のしびれは、ほかにどんな原因が考えられますか。

 頸椎症や椎間板ヘルニアなどによる頸髄性のしびれが考えられます。この場合には、しびれの部位が脊髄神経の分布に重なることが多いため、診察により障害部位を推定することができます。しびれだけにとどまらず、筋力の低下などがみられるようになると、手術による治療が必要なケースもあります。頸椎病変に対しては、従来のレントゲン撮影に加えて、CTやMRIなどによる画像検査で、椎間板の変形や神経の圧迫などが、より正確に診断できるようになってきました。

 下肢のしびれには、腰椎疾患や下肢の閉塞性動脈硬化症があります。閉塞性動脈硬化症では、歩行時にしびれや痛みが起こり、しばらく休むと軽快します。これを「間欠性跛行(はこう)」といいます。血管の動脈硬化による病気なので、症状が進行すると血管外科での治療が必要になります。同じように間欠性跛行がみられる病気に腰部脊柱管狭窄症があります。腰部脊柱管狭窄症には立っている姿勢が辛く、前かがみになったりしゃがんだりすると症状が楽になるという特徴があります。

 頸椎や腰椎などが原因で起こる慢性的なしびれや疼痛に対しては、安静、薬物療法、マッサージなどの保存的治療も行われます。治療については、まずかかりつけの先生に相談されることをお勧めします。症状が悪化してくるようであれば、手術治療が必要になる場合もあるので脳神経外科専門医を受診してください。


2022年4月6日水曜日

うつ病と食生活の関係

 ゲスト/医療法人社団正心会 岡本病院 鈴木志麻子 医師


うつ病と食生活の関係について教えてください。

 平成29年の厚生労働省の患者調査(3年毎に調査)によると、気分障害(うつ病、躁うつ病など)で治療中の患者さんは約127万人と推計されるなどここ20年で3倍に増加しました。近年の新型コロナ感染症の影響でも、メンタルヘルスの問題が増加しているのはご存じのとおりです。

 うつ病治療の基本は、主に①脳(心)の休息(睡眠の確保他) ②環境調整(ストレス負荷の軽減)③心理療法(物事の捉え方の転換、ストレス対処など) ④抗うつ薬、の4つが重視されてきましたが、近年、運動や睡眠、食生活など生活習慣の改善が治療効果に大きな影響を与えるということが、さまざまな研究からわかってきました。うつ病と言えばストレス、と考えられがちですが、「生活習慣病」としてのうつ病という新たな視点があります。

 国立精神・神経医療研究センターが行った大規模なインターネット調査(2018年)によると、うつ病経験者は、そうでない人と比較して、糖尿病や肥満、脂質異常症が多い、間食や夜食の頻度が高い、朝食を抜くことが多い、運動の頻度が少ないという結果でした。インターネット調査の限界はありますが、この結果からは、うつ病患者では朝食や適度な運動が重要であり、余分な食事やそれに伴う肥満は有害となる可能性が示されています。つまり、体重管理やメタボ対策、生活習慣の改善がうつ病の改善につながる可能性があるということです。

 肥満がうつ病を引き起こすメカニズムについては、肥満になると脂肪細胞で慢性炎症が起こって脂肪細胞からサイトカインが分泌され、これらが脳神経に炎症を起こし脳機能に影響を及ぼすことからと考えられています。肥満を防ぐためには1日3食のバランスの良い食事、つまり、野菜、果物、豆類、魚介類、穀類などを中心に摂取する食事を心がけたいものです。ちなみに、緑茶を多く飲む人はうつ病が少ないという調査報告も複数あります。他にうつ病の予防につながると考えられる栄養素として、「EPA、DHA」「ビタミンB」「ビタミンD」「葉酸」「鉄」「亜鉛」「アミノ酸」などが報告されています。さらに、「腸脳相関」といって、腸と脳が相互に作用していることが分かりつつある今、うつ病と腸内細菌との関連を調べる研究も進められていて、乳酸菌や食物繊維で腸内環境を整えることがうつ対策になるのではないかと期待されています。

 このように、うつ病と食生活や栄養には様々な関係があります。うつ病治療の土台として「食生活など生活習慣の改善」が重要であることを多くの方に知っていただきたいですし、ぜひ明日から取り入れて頂ければと思います。

2022年3月16日水曜日

認知症との付き合い方

 ゲスト/医療法人五風会 さっぽろ香雪病院 医師 

北海道医療大学リハビリテーション科学部 教授 中川賀嗣


認知症について教えてください。

 今回は、認知症を少し違った角度から見直してみたいと思います。

 認知症はさまざまな原因で生じます。その中に、原因は未だ十分判明していないものの、症状がゆっくりと年単位で進行していくタイプがあります。その代表が「アルツハイマー病」です。アルツハイマー病では、その症状をみて、周囲の方々が「認知が入ってきた」などと表現することがしばしばあります。これは認知症になってしまったか否か、二律背反の関係でとらえた表現といえます。しかし、徐々に進行するアルツハイマー病には「病気だ」あるいは「病気でない」とはっきり二分できない側面があります。

 アルツハイマー病では、発症する数十年も前から脳内で異常が始まっていることが知られています。しかし、脳にはもともと予備能力があるので、脳内の異常がじわじわと進んでいても、症状が出ない時期が十数年も続くと考えられています。つまり、病気に罹患していて脳内に明確な病的変化が生じているものの、症状のまったくない時期です。その後、脳内の変化の程度が一定以上になると、脳の予備能力で支えきれなくなり、症状として出てくる時期がきます。ただ、この時期の症状は軽度であるため(軽度認知障害)に、明確な病名がつく段階にはありません。単なる老化との判別が難しい時期ともいわれます。

 脳内の異常がさらに進むと、やがて日常の生活にも支障を来たすようになり、多くの方が病院を受診することになります。ただし、脳内の異常がどの程度になれば症状が目立ってくるかは、個々人のさまざまな生活背景によって異なります。このとらえ方は、アルツハイマー病に限らず、症状がゆっくりと進行していくタイプの疾患には援用できるでしょう。

 今日の医療の焦点は、日常生活に支障が出るような時期よりも前の段階、つまり、その症状が単なる老化によるものか、認知症性疾患の初期症状であるのかの判別が難しい軽度認知障害の時期へと移りつつあります。この時期には二つのポイントがあります。一つは、この時期には以前できていたことにミスが増えたり、できなくなったりします。このことに対し、それまでと同じような正確さを求めるのが良策でないことは容易に理解できると思います。もう一つは、この時期に軽微な脳の衰えがあっても、多くの場合でその人となりは変わっていないということです。したがって、これまで通りに誠実に接していく必要もあるでしょう。

 こうした相反する事態に、ご家族だけで対処していくことは難しいかもしれません。「健常者」「認知症患者」という枠を超えた高齢者のサポート態勢づくりが、社会としてこれまで以上に求められているのかもしれません。

高齢者のうつ病

 ゲスト/医療法人社団 図南会 あしりべつ病院 山本 恵 診療部長


高齢者のうつ病について教えてください。

 高齢者のうつ病は「老年期うつ病」とも呼ばれ、他の年代のうつ病とは区別されることがあります。基本的に、診断基準は全ての年代で共通ですが、発病の原因として高齢者特有の誘因があります。

 老年期は抑うつ状態、うつ病が起こりやすい年代です。老年期は「喪失の季節」ともいわれるように、いろいろなものを失う時期です。体力が衰えたり健康を損なったりすること、定年退職や子どもの独立などにより「役割」を失ってしまうこと、親族や配偶者、友人との死別、老いてからの一人暮らしといった喪失体験や社会環境の変化が、うつ病の誘因になることがあります。

 高齢者のうつ病には、次のような特徴がみられます。①認知症と間違われやすい…高齢者が抑うつ状態やうつ病になると、認知症と間違われることが少なくありません。「もの忘れ」「受け答えがちぐはぐ」「反応が鈍い」などの症状から認知症だと思っていたら、実はうつ病だったということがあります(逆の場合、両方の場合もあります)。②自殺率が高い…日本の自殺者の約4割は高齢者です。老年期の自殺の背景にはうつ病が潜んでいることが多いです。③妄想が出やすい…「周囲の人に迷惑をかけている」「取り返しのつかない罪を犯してしまった」と思い込む罪業妄想、実際には預貯金などがあっても「お金がない」「財産がなくなり、今日の生活もできない」と訴える貧困妄想、疾患がないのに「不治の病にかかっている」と信じて疑わない心気妄想などが代表的です。④不安や焦燥感、身体症状が強い…若い人(他の世代)のうつ病だと意欲の低下や気分の落ち込みが前面に出るのに対し、高齢者の場合は不安や焦りが強く、また、頭痛やめまい、肩こり、腹痛、しびれ、ふらつきなど身体(心気)症状を伴うケースが多いです。いくら治療をしても体の調子が良くならない時は、うつを疑って見ることも大切です。


高齢者のうつ病にはどんな治療や対策が有効ですか。

 治療の柱の一つは、他の世代のうつ治療と同じく、抗うつ剤を中心とした薬物療法です。ただし、高齢者は老化に伴う身体機能の低下もあって、若い人に比べて副作用が出やすいので、服薬量や薬の飲み合わせなどに注意を払う必要があります。また、カウンセリングなどの精神療法、庭・畑作業といった精神作業療法(リハビリ)など、薬以外の選択肢も重要になります。同じうつ病であっても、患者さんの病状・回復状況などに応じて必要となる治療やアプローチは変わってきます。

 高齢者のうつ病は、単に「年のせい」で元気がないことなどと混同されがちですが、頻度の高い病気です。そして、治る可能性の高い病気です。本人に自覚がなくても、生活を共にしている家族や周囲の方が異変に気付くことがあります。「いつもと違う」「様子がおかしい」などと感じたら、心配していることを伝え、相手を急かさず、できるだけ安心させるような言葉をかけながら医療機関の受診を促してください。他の病気、診療科と同じように、治療していない期間が長くなるほど、症状はひどくなり治療が難しくなります。早期受診・治療がなによりも大切です。

2022年3月9日水曜日

白内障手術(多焦点眼内レンズ)の「選定療養

 ゲスト/月寒すがわら眼科 菅原 敦史 院長


白内障について教えてください。

 白内障は、目の中の水晶体が白く濁って見えにくくなる病気です。物がかすんで見えたり、光をまぶしく感じたりします。原因の大半は加齢に伴うもので、早い人では40歳代に発症します。50歳、60歳と年代が上がるにつれ罹患率は増え、80歳代ではほぼ100%がかかるとされています。

 初期の白内障は点眼薬で進行を遅らせることができますが、濁った水晶体を元に戻すことはできません。進行した白内障には手術が行われます。手術では眼球に小さい切開を行い、超音波によって水晶体を細かく砕いて取り除きます。代わりに、人工の水晶体である「眼内レンズ」を挿入します。局所麻酔を使用するため手術中の痛みはほとんどありません。手術は10~15分で終了し、最近は日帰りでの手術が主流になっています。


白内障手術には選定療養で多焦点眼内レンズが使えると聞きました。選定療養とは何ですか。

 眼内レンズは1つの距離に焦点を合わせた「単焦点レンズ(保険診療)」が使われていますが、近年では、遠距離と近距離の2点に焦点が合うように設計された「多焦点レンズ」も一般的になってきました。遠・中・近距離の3点に焦点が合うものや、遠景から近くまで連続的に見られるタイプなど、さまざまな多焦点レンズが登場しています。

 多焦点レンズを使用する白内障手術は、2020年3月まで自費診療でしたが、同年4月から厚労省が定める「選定療養(費用の一部を公的医療保険と併用できる制度)」の対象となっています。施設要件を満たす医療機関で、国内で承認された多焦点レンズを使用する場合、自己負担を軽減できるようになりました。多焦点レンズにかかる費用は自己負担ですが、白内障手術自体は健康保険から給付を受けられます。

 単焦点レンズは、遠くか近くのピントが合わない方を見る時はメガネが必要です。多焦点レンズは、日常的にメガネに頼らず生活できるのが最大のメリットです。ただし、単焦点レンズと比べ、色の濃淡の感度は落ちます。また、夜間に街灯や車のライトがぼやけるハローや、まぶしく感じるグレアと呼ばれる現象が起こりやすく、こうした欠点を強く感じる人もいます。それぞれのレンズの特徴をよく理解した上で、医師とじっくり相談しながら比較し、価格面も含め自身のライフスタイルに合わせて納得してから治療を受けることが大切です。


2022年3月2日水曜日

北海道の花粉症とぜんそくの関係

 ゲスト/医療法人社団 大道内科・呼吸器科クリニック 北田 順也 副院長


花粉の季節にぜんそくが悪くなるのはなぜですか?

 北海道の花粉症は4月の中旬から5月下旬がピークです。本州に多いスギ花粉はわずかで、ハンノキ、イチイ、シラカバなどの木本花粉によるものが多く、夏にはイネ科花粉、秋にはヨモギなどの雑草系花粉が飛散しますが、春から夏にかけて一番多く発症します。また、春は風が強く、雪解け後にホコリやチリが舞い上がることが多くなりますし、空が黄色く煙ってビル群や山並みがかすむ「黄砂」が観測される日数も増加します。

 花粉やホコリ、チリ、黄砂の飛ぶ季節・時期になると、目のかゆみや鼻水などの花粉症の症状とともに、せきが長く続いて来院される患者さんが増えてきます。また、同時にぜんそく患者さんの中にもせきやゼイゼイという喘鳴(ぜんめい)が出現したり、鼻炎の症状を伴う患者さんが増えてきます。鼻と気管支は空気の通り道として一つにつながっているので、花粉症の季節には花粉などによって鼻の粘膜が刺激されてアレルギー性の鼻炎が起こり、さらにそれがぜんそく患者さんの敏感になっている気管支へと伝わって状態を悪化させるのです。これが花粉の季節にぜんそくが悪化する原因です。

 花粉症の方で、発熱やレントゲンでの異常がないのにせきが長く続いている場合には、アレルギー素因があるか血液検査をしたり、ぜんそくを発症していないか調べてみるといいでしょう。こういったケースでは治療は咳止めの薬だけでは不十分です。原因を特定し、それに合った治療を受けることが大切です。

治療について教えてください。

 毎年の花粉の時期にもぜんそく症状をコントロールするためには、症状がしばらく落ち着いている時期でも自己判断で治療を中断せず、内服薬、吸入ステロイド薬などによる適切な治療をきちんと継続することが何よりも重要です。それでも花粉症や長引くせきを毎年のように経験する人は、花粉の飛散が本格的に始まる前、または症状が軽い時期から予防的に抗アレルギー剤を服用すると、シーズン中の症状が軽減されます。長引くせきは放っておかず、早期に呼吸器科専門医の受診をお勧めします。


2022年2月23日水曜日

遺伝性大腸がん〜リンチ症候群について

 ゲスト/琴似駅前内科クリニック 髙柳 典弘 院長


遺伝性大腸がんについて教えてください。

 大腸がんの患者さんの中に、血縁者にも大腸がんを罹患した方が複数名みられる場合、家族性大腸がんの可能性が考えられます。その原因として、①生まれ持った遺伝子が関与している遺伝的要因 ②生活環境などが関与している環境的要因 ③偶発的、などが推測されます。これらの中で遺伝的要因が強くかかわっているとされるケースを遺伝性大腸がんと呼び、大腸がん全体の約5%を占めるといわれています。遺伝性大腸がんの中で一番頻度が高いものが「リンチ症候群」です。


リンチ症候群について教えてください。

 リンチ症候群は、若い年代からがんが発生しやすくなる遺伝性疾患で、がんは大腸、子宮内膜、卵巣、腎盂・尿管、胃、小腸などさまざまな臓器に発生しますが、大腸が最も多いです。リンチ症候群の患者さんにおける大腸がんの平均発症年齢は約45歳であり、一般大腸がんにおける好発年齢の65歳前後よりも若い年齢で発症します。

 診断は、リンチ症候群の診断基準に当てはまるかどうかが目安になり、疑いのある患者さんには、手術で切除したがんの組織を使ったスクリーニング検査「マイクロサテライト不安定性(MSI)検査」を行います。MSI検査は公的医療保険が適用されています。MSI検査で陽性だった場合は、専門医療機関で確定診断を目的とする遺伝学的検査を受けることが考慮されます。遺伝学的検査の結果、原因遺伝子である〈MLH1〉〈MSH2〉〈MSH6〉〈PMS2〉の4つのうち1つに変化があるとリンチ症候群と診断されます。この遺伝子の変化は、親から子どもへ約50%の確率で伝わります。

 リンチ症候群と診断されても、全員ががんになるわけではありません。生涯、大腸がんを発症する確率は男性は28~75%、女性は24~52%とされています。また、一般にリンチ症候群による大腸がんの予後(手術などの治療成績)は良好であることを示す臨床データが複数報告されています。


―リンチ症候群と分かった場合には、どうしたらよいのでしょうか。

万一、罹患した際に早期発見・治療につなげるため、男女ともに各種がん検診や大腸内視鏡検査、胃内視鏡検査、女性は子宮内膜組織検査などを定期的に受けることが重要です。


2022年2月16日水曜日

開咬(かいこう)

 ゲスト/E-line矯正歯科 上野 拓郎 院長


開咬について教えてください。

 開咬は、奥歯で噛(か)んでも前歯は噛んでおらず、常に前歯が開いた状態になることをいいます。前歯は外側からは唇(くちびる)の力、内側からは舌の力によって押され、力のバランスのとれたところに並びます。このバランスが崩れたとき、開咬になることがあります。幼少のころからの「指しゃぶり」や食べ物を飲み込むときに舌が出るなどの「舌癖」、蓄膿(ちくのう)症などの呼吸器系の慢性疾患による「口呼吸」などが、バランスを崩す要因となります。

 開咬は口が閉じづらいため、無意識のうちに口元に力が入り、緊張して見えがちです。審美面だけでなく、きちんと発音できない、前歯で食べ物を噛み切ることができない、奥歯や舌を使って食べ物を噛み切る悪い癖がつきやすいなど、機能面での問題も大きいです。また、前歯が噛み合わないので奥歯に過剰な負担がかかり、破損や歯周病が進むなど奥歯の寿命に影響する場合もあります。


どのように治療しますか。

 開咬は治療が難しい噛み合わせの一つです。その理由は、舌の悪癖が関与しているケースが多いからです。矯正治療で一度は前歯がしっかり噛んだとしても、悪癖が残っていると後戻りしやすいです。治療とともに悪癖を取り除く訓練をすることが重要です。

 開咬の原因が悪癖にある場合、早い段階での治療が何よりも大切です。軽い開咬であれば、矯正装置を装着せずにMFT(口腔筋機能療法)という口元の筋肉トレーニングだけで矯正できるケースもあります。一方、大人になってからでは、顎の骨を切る外科的手術が必要になることもあり、治療に時間がかかり負担も増します。

 歯科矯正技術は日々驚くほど進歩しています。近年、「歯科矯正用アンカースクリュー」と呼ばれるネジを歯茎の骨の部分に入れ、歯を動かす時の固定源とする方法が登場し、開咬の治療も大きく変わりました。効率よく歯を動かすことができ、治療期間の短縮が期待できるほか、従来では手術が必要とされていた症例でも手術を回避できるケースが増えています。

 受診の目安は、前歯が4本永久歯に生え替わった時期です。乳歯から永久歯への移行を、より自然に、正しく美しい歯並びに誘導することが可能です。歯並びの検診を受けるつもりで、矯正歯科医を訪ねてみてください。

2022年2月9日水曜日

両足同時の人工膝(ひざ)関節置換術

 ゲスト/医療法人知仁会 八木整形外科病院  上田 大輔 医師


人工膝関節置換術について教えてください。

 中高年の膝の痛み、その原因は主に「変形性膝関節症」です。加齢によって関節軟骨がすり減り、膝が炎症を起こして痛みます。進行すると徐々に膝が変形し、痛みも増していきます。一度すり減った軟骨は元に戻すことができません。悪化して日常生活に支障が出たり、趣味やスポーツなどやりたいことができなくなったりした時、手術が治療の選択肢に入ります。

 症状が進行期や末期に達している場合の代表的な手術の一つが「人工膝関節置換術」です。傷んだ関節の骨と軟骨を取り除き、人工関節に置き換える手術で、術後はほぼすべてのケースで痛みが消え去ります。膝関節の表面すべてを人工関節に換える「全置換術」と、悪くなった一部分だけを換える「部分置換術」があります。部分置換術は、靭帯の損傷がなく、内側もしくは外側だけに軟骨の損傷が限定される場合などに適応となりますが、全置換術と比べると骨を削る量も出血量も少なく、リハビリによる回復速度も早いです。また、術後の関節の動きもより自然に近いです。


両足同時に人工膝関節置換術を受けることはできますか。

 変形性膝関節症は、両膝ともに悪化するケースが少なくありません。両足に手術する必要がある時、従来は期間をあけて片方ずつ行うのが一般的でしたが、手術していない側の膝の変形や動きの制限が強い場合など、全体のバランスが悪くなることで歩きにくくなったり、手術した膝の動きの改善がわるくなるリスクもありました。近年は患者さんが希望すれば、年齢や持病など全身状態を考慮した上で、両膝同時に手術する例も増えています。前述したリスクを回避できるほか、麻酔・手術・入院が一度で済むので精神的にも経済的にも負担は減ります。

 変形性膝関節症の進行度合いや、患者さんが術後に望む生活やスポーツの活動性などによっていろいろな治療法や術式があります。保存治療がいいのか、手術がいいのか。手術なら、人工膝関節置換術がいいのか、骨切り術がいいのか。人工膝関節置換術なら、全置換術がいいのか、部分置換術がいいのか。また、片方ずつ手術するのがいいのか、両膝同時に手術するのがいいのか。できるだけ多くの治療の選択肢を用意している医療機関を受診し、医師と十分に相談してから納得のいく治療を選ぶことが重要です。

2022年2月2日水曜日

レイノー現象

 ゲスト/佐川昭リウマチクリニック 古崎 章 院長


レイノー現象という言葉を耳にすることがありますが、どのようなものですか。

 レイノー現象とは寒さやストレスなどにより指の表皮内にある皮膚血管が異常に細くなり、色が真っ白になる現象をいいます。手以外では足や鼻、耳たぶにも起こります。色の変化は真っ白→紫色→赤色の三相性の形をとることが特徴です(時に真っ白→赤色の二相性)。白色や紫色の時は血が通っておらず、血流の再開により皮膚血管が拡張して赤色に見えます。経過は数分から30分で、痛みやしびれを伴うことも多いです。

 レイノー現象は膠原病などの病気に伴う続発性と病気を伴わない(原因が特定できない)特発性に分けられます。膠原病の中でも強皮症の9割、全身性エリテマトーデスの4割、シェーグレン症候群2~3割にレイノー現象がみられます。レイノー現象があり、どの診療科に行けばいいのかお悩みの方は、まずはリウマチ科や膠原病科で診てもらうことをお勧めします。

 通常、指の皮膚には通常の毛細血管とは異なる、動脈と静脈が繋がる構造(動静脈吻合)があり、体温が下がると動静脈吻合を収縮させて身体の熱を逃がさないようにします。ところが、レイノー現象では、温度変化に過敏に反応し、過剰に動静脈吻合が収縮してしまいます。現時点ではレイノー現象を完全に消失させることは困難であり、寒冷を避けた生活習慣の改善と補助的な薬物療法が中心となります。

 冷たいものに触れないようにする(炊事や洗濯に湯を使用したり、冷蔵庫内の物の出し入れの際にも手袋を着用したりする)、寒いところや冷房などの急激な温度変化を避ける(室内の保温に努めて、寒冷時の不要な外出は避ける)、血管収縮させてしまう喫煙や薬剤(片頭痛薬の一部、一部の鼻水止め薬など)を避ける、指先だけでなく全身を温める(外出する場合は手袋だけでなく、厚手の靴下を着用したり、使い捨てカイロを使ったりし、全身を冷やさない)ことが重要です。

 レイノー現象は寒冷刺激などで突然起こるため、受診時には症状が消えていることもあります。手指の変色が起こった時は、スマートフォンなどで画像として記録しておき、受診時に医師にみてもらうといいでしょう。治療についてですが、日本ではレイノー現象に適応がある薬剤がないため、体を温めるような漢方薬や一部の血管拡張作用のある薬剤を患者さんと相談しながら使用します。そのほか手袋などで保湿したり、手をよくマッサージしたりするなど予防法がありますので、担当の医師と相談してみて下さい。

2022年1月26日水曜日

狭心症と胸部症状

 ゲスト/医療法人五風会 さっぽろ香雪病院 相馬 孝光 医師


狭心症の症状について教えてください。

 典型的な症状は「胸が痛い」「胸が締め付けられる」「胸が熱い」などですが、「歯が痛い」「腕がしびれる」といった、およそ心疾患とは考えられない症状が出ることも珍しくありません。逆に、典型的な症状があっても狭心症ではなかったという例もよくみられます。症状の性状だけでは狭心症の診断は困難です。

 同じ症状でも患者さんによって<表現方法>は異なり、客観的にそれらを評価するのは不可能に近いこともあります。そこで重要なのが、症状の起こり方です。「労作性狭心症」であれば、動いた時に症状が起こり、休むと楽になります。症状の持続時間はせいぜい5分程度です。また、「冠攣縮(れんしゅく)性狭心症」であれば、夜間安静時に起こり、日中労作時に症状がないことなどが特徴として挙げられます。

 例えば、階段を上った時に、再現性を持って「腕がしびれる」症状があり、休むと改善するケース。これは労作性狭心症が強く疑われます。一方、日中何もしていない時に「胸が締め付けられる」感じがあり、2~3時間続くケース。これは「不安定狭心症」や「急性心筋梗塞」でない限り、狭心症の可能性は低いと考えられます。


狭心症の診断について教えてください。

 狭心症は、心臓に栄養を送る血管(冠動脈)に狭窄が生じ、心臓に十分な栄養が供給されずに胸部症状が起こる病気です。労作性狭心症では、動いたときにエネルギー需要の増加に対応できないために起こり、冠攣縮性狭心症では、主に副交感神経の活動が亢進し、血管の痙攣が起きるために起こります。

 そのため、実際に血管に狭窄があるのか、薬剤投与により血管が攣縮するのかどうかなどを確認する造影検査で診断を確定することになります。造影検査には、選択的に行う冠動脈造影(カテーテル検査)とCT検査があります。

 ここでは造影検査の詳細は割愛しますが、胸部症状があって、冠動脈に高度な狭窄があれば確定診断、中等度狭窄であれば、狭窄が悪さをしているかどうかを「負荷心筋シンチ」「FFR(冠血流予備量比測定)」などの追加検査で確認します。

 診療の現場では全く典型的ではない症状を訴える狭心症患者さんが少なくないことも事実です。何か気になることがありましたら、自己判断せずに専門医に相談することをお勧めします。

2022年1月19日水曜日

下剤依存症

 ゲスト/福住内科クリニック 佐藤 康裕 院長


市販されている便秘薬、病院で処方される便秘薬に依存のリスクはありますか。

 便秘薬は主に腸に大蠕動(ぜんどう)を起こさせる「刺激性下剤」と、便をやわらかくする「緩下剤」の2種類に分けられます。「刺激性下剤」は長期間、毎日使用すると、腸管壁の神経叢(神経の集まり)を障害することによって、腸が動く力を低下させます。はじめはよく効いたのに、蠕動が弱まり効き目が悪くなって使用量が増えていくという悪循環に陥りがちです。

 薬局で買える便秘薬は「刺激性下剤」が多く、代表的な成分はセンナ、大黄、アロエなどの生薬です。これらを用いたダイエットサプリや健康茶も市販されています。効果が強く、すっきりするので病院でも患者さんに好まれ、医師も安易に処方してしまう傾向があります。このため、高齢者には刺激性下剤の依存症になっている方が多くいらっしゃいます。下剤をやめられないだけでなく、下剤を増やしても満足な排便ができなくなり、ガス(おなら)も自然に出なくなって苦しむ人も少なくないです。こういった症状の方の大腸粘膜は黒く変化していて、「大腸黒皮症」と呼ばれます。

 内視鏡検査の際、大腸黒皮症が疑われる患者さんに「便秘薬を使いすぎていませんか?」と尋ねると、「下剤ではなく、便通を整えるお茶を飲んでいます」とお答えになる方も時々います。先に挙げた成分を含む健康茶などにも注意が必要です。


―どのような便秘薬を使えば安心でしょうか。

 便秘治療については医師も軽視しがちでしたが、2017年に診療ガイドラインが作られ啓蒙が少しずつ進んでいます。刺激性下剤は頓用や短期使用のみとし、週1~2回までにとどめるべきです。緩下剤は適切な量を毎日服用して排便をコントロールしていくのが正しい治療法です。

 第一選択薬は「酸化マグネシウム」で、腹痛や依存性が少なく安価で長期間使用できます。また、12年以降に5種類ほど便秘薬が新たに登場しており、医師の処方が必要ですが副作用が少なく比較的安全です。

 刺激性下剤依存症の治療は、刺激性下剤を中止し、酸化マグネシウムや新薬を組み合わせて使用していきます。依存症にならないためには、安易に効果の強い便秘薬を多用し、その感覚を覚えないことが大切です。依存症になってしまっている方は、腸が蠕動する力が残っているうちに離脱を目指すことをお勧めします。

2022年1月12日水曜日

コロナ禍におけるCOPD診療

 ゲスト/白石内科クリニック 干野 英明 院長


コロナ禍におけるCOPD診療について教えてください。

 COPDとは慢性閉塞性肺疾患のことで、慢性気管支炎や肺気腫を指します。主にタバコによって起こる肺の炎症性疾患です。症状は慢性のせき、痰、体動時の息切れなどです。疫学調査によると日本人の有病率は8.6%であり、40歳以上で500万人以上、70歳以上で200万人以上がCOPDであるとされます。

 聴診や胸部レントゲン写真では、COPDはある程度進行しないと異常所見は見つかりません。そのため診断には、息を思いっきり吸ったところから勢いよく吐き出し、その1秒間に吐いた量を評価する肺機能検査が重要ですが、息を吐き出す時に飛沫が飛ぶ可能性があるため、コロナ禍ではなかなか行いづらくなっていました。そこで、肺機能検査に準ずるものとして、患者さんに回答してもらう「質問票」があります。いくつか種類がありますが、ここでは日本で開発された「COPD-Q」という質問票を紹介します。

 質問は全部で5つです。一つ目は年齢。40~49歳なら0点、50~59歳なら1点、60~69歳なら2点、70歳以上なら3点です。二つ目は「かぜをひいていないのに、痰のからんだせきをすることがあるかどうか」。「ほとんどない」「まれに」なら0点、「時々」「ほとんどいつも」「いつも」なら1点です。三つ目は「走ったり、重い荷物を運んだりした時、同年代の人と比べて息切れしやすいか」。「いいえ」なら0点、「はい」なら1点です。4番目は「この1年間で、走ったり重い荷物を運んだりした時、ゼイゼイやヒューヒューを感じることがあったか」。「ほとんどない」「まれに」「時々」なら0点、「ほとんどいつも」なら1点、「いつも」なら2点です。最後は「これまでタバコをどれくらい吸ったか」。「1日の平均本数×喫煙年数」を計算し、1~399なら1点、400~999なら2点、1000以上なら3点(吸わない人は0点)です。各質問の点数を足して合計点を計算して下さい。合計点数が4点以上ならCOPDの可能性があると判断されます。

 合計点数が4点以上の方は、胸部レントゲン写真、心電図、血液検査などを行い、気管支ぜんそくなどのCOPD以外の呼吸器疾患や心不全などの心疾患の鑑別診断をし、COPDと診断された方へは、禁煙指導の上、必要に応じて内服薬や吸入薬の処方を行います。

2022年1月5日水曜日

最新の糖尿病治療

 ゲスト/医療法人社団 青木内科クリニック 青木 伸 院長


最新の糖尿病治療薬について教えてください。

 糖尿病治療薬の最近の進歩は目覚ましいものがあります。飲み薬では、高血糖の時にだけすい臓からインスリンを分泌させ、正常血糖値へ下げる「DPP-4阻害薬」があります。この薬は、理論的には低血糖を起こさず治療できる薬剤で、糖尿病の平均血糖の指標であるHbA1c値を1.0%前後下げます。この薬と同じ系統の注射薬も登場し、「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれています。この注射薬はHbA1c値を1.6%前後下げます。1日1回の注射が必要ですが、現在は1週間に1回で済む注射薬も出ました。この系統の注射薬は、すい臓のインスリンを出す細胞を保護し、インスリンの分泌を弱らせない作用も持ち合わせているといわれています。最近では、GLP-1受容体作動薬の飲み薬が登場し、治療方法が容易になってきました。従来まで体重を減少させる糖尿病薬がありませんでしたが、「SGLT-2阻害薬」が登場し、この薬剤は血糖値を下げると同時に体重も減らします。最近の研究データ結果によると、この種の薬剤は、心血管系の心不全の出現を抑える働きと糖尿病性腎臓病を良くする働きを持ち合わせていることが判明してきています。

 一方、インスリン注射に目を向けると、「持効型インスリン(1回の注射で24時間効果を持続する長時間作用型インスリン)」があります。飲み薬の治療が効かなくなる症例でも、飲み薬をそのまま服用しながら、1日1回の持効型インスリンの注射を加えると血糖値が改善する症例もあります。「混合型インスリン」は従来まで濁った製剤でしたが、透明な製剤が登場し、10回以上振って混合しなくても済むようになりました。

 さらに、持効型インスリンと前述したGLP-1受容体作動薬の配合剤が登場し、1回の注射で空腹時血糖と食後血糖を下げる効果があります。


糖尿病の治療について教えてください。

 糖尿病の治療状況が良好といえる目安は、HbA1cが7.0%以下になっている場合です。糖尿病の患者さんの約半数が、高血圧と脂質異常症(高脂血症)を合併しているといわれています。糖尿病を合併した高血圧の治療はとても重要で、血圧の治療目標値は125/75mmHg以下です。自宅で測定できる血圧計を治療に役立てる方法もあります。この場合使用する測定器は、指先や手首に巻くタイプのものではなく、上腕に巻くタイプのものをお勧めします。脂質異常症の治療目標値は、LDL-コレステロール(悪玉コレステロール)が120mg/dl以下です。糖尿病に重症の虚血性心疾患、腎疾患、脳梗塞、下肢動脈閉塞、メタボを合併している場合には、LDL-コレステロールは70mg/dl以下と治療の基準値が厳しくなりました。

 以上のようなさまざまな基準値を長期間保てると、眼底出血による失明、腎臓の悪化による透析、足の潰瘍・壊疽(えそ)による足の切断など、糖尿病に由来する重症の合併症にならなくて済みます。それ以外にも脳梗塞、心筋梗塞などの予防にもつながります。

人気の投稿

このブログを検索