2022年3月16日水曜日

認知症との付き合い方

 ゲスト/医療法人五風会 さっぽろ香雪病院 医師 

北海道医療大学リハビリテーション科学部 教授 中川賀嗣


認知症について教えてください。

 今回は、認知症を少し違った角度から見直してみたいと思います。

 認知症はさまざまな原因で生じます。その中に、原因は未だ十分判明していないものの、症状がゆっくりと年単位で進行していくタイプがあります。その代表が「アルツハイマー病」です。アルツハイマー病では、その症状をみて、周囲の方々が「認知が入ってきた」などと表現することがしばしばあります。これは認知症になってしまったか否か、二律背反の関係でとらえた表現といえます。しかし、徐々に進行するアルツハイマー病には「病気だ」あるいは「病気でない」とはっきり二分できない側面があります。

 アルツハイマー病では、発症する数十年も前から脳内で異常が始まっていることが知られています。しかし、脳にはもともと予備能力があるので、脳内の異常がじわじわと進んでいても、症状が出ない時期が十数年も続くと考えられています。つまり、病気に罹患していて脳内に明確な病的変化が生じているものの、症状のまったくない時期です。その後、脳内の変化の程度が一定以上になると、脳の予備能力で支えきれなくなり、症状として出てくる時期がきます。ただ、この時期の症状は軽度であるため(軽度認知障害)に、明確な病名がつく段階にはありません。単なる老化との判別が難しい時期ともいわれます。

 脳内の異常がさらに進むと、やがて日常の生活にも支障を来たすようになり、多くの方が病院を受診することになります。ただし、脳内の異常がどの程度になれば症状が目立ってくるかは、個々人のさまざまな生活背景によって異なります。このとらえ方は、アルツハイマー病に限らず、症状がゆっくりと進行していくタイプの疾患には援用できるでしょう。

 今日の医療の焦点は、日常生活に支障が出るような時期よりも前の段階、つまり、その症状が単なる老化によるものか、認知症性疾患の初期症状であるのかの判別が難しい軽度認知障害の時期へと移りつつあります。この時期には二つのポイントがあります。一つは、この時期には以前できていたことにミスが増えたり、できなくなったりします。このことに対し、それまでと同じような正確さを求めるのが良策でないことは容易に理解できると思います。もう一つは、この時期に軽微な脳の衰えがあっても、多くの場合でその人となりは変わっていないということです。したがって、これまで通りに誠実に接していく必要もあるでしょう。

 こうした相反する事態に、ご家族だけで対処していくことは難しいかもしれません。「健常者」「認知症患者」という枠を超えた高齢者のサポート態勢づくりが、社会としてこれまで以上に求められているのかもしれません。

高齢者のうつ病

 ゲスト/医療法人社団 図南会 あしりべつ病院 山本 恵 診療部長


高齢者のうつ病について教えてください。

 高齢者のうつ病は「老年期うつ病」とも呼ばれ、他の年代のうつ病とは区別されることがあります。基本的に、診断基準は全ての年代で共通ですが、発病の原因として高齢者特有の誘因があります。

 老年期は抑うつ状態、うつ病が起こりやすい年代です。老年期は「喪失の季節」ともいわれるように、いろいろなものを失う時期です。体力が衰えたり健康を損なったりすること、定年退職や子どもの独立などにより「役割」を失ってしまうこと、親族や配偶者、友人との死別、老いてからの一人暮らしといった喪失体験や社会環境の変化が、うつ病の誘因になることがあります。

 高齢者のうつ病には、次のような特徴がみられます。①認知症と間違われやすい…高齢者が抑うつ状態やうつ病になると、認知症と間違われることが少なくありません。「もの忘れ」「受け答えがちぐはぐ」「反応が鈍い」などの症状から認知症だと思っていたら、実はうつ病だったということがあります(逆の場合、両方の場合もあります)。②自殺率が高い…日本の自殺者の約4割は高齢者です。老年期の自殺の背景にはうつ病が潜んでいることが多いです。③妄想が出やすい…「周囲の人に迷惑をかけている」「取り返しのつかない罪を犯してしまった」と思い込む罪業妄想、実際には預貯金などがあっても「お金がない」「財産がなくなり、今日の生活もできない」と訴える貧困妄想、疾患がないのに「不治の病にかかっている」と信じて疑わない心気妄想などが代表的です。④不安や焦燥感、身体症状が強い…若い人(他の世代)のうつ病だと意欲の低下や気分の落ち込みが前面に出るのに対し、高齢者の場合は不安や焦りが強く、また、頭痛やめまい、肩こり、腹痛、しびれ、ふらつきなど身体(心気)症状を伴うケースが多いです。いくら治療をしても体の調子が良くならない時は、うつを疑って見ることも大切です。


高齢者のうつ病にはどんな治療や対策が有効ですか。

 治療の柱の一つは、他の世代のうつ治療と同じく、抗うつ剤を中心とした薬物療法です。ただし、高齢者は老化に伴う身体機能の低下もあって、若い人に比べて副作用が出やすいので、服薬量や薬の飲み合わせなどに注意を払う必要があります。また、カウンセリングなどの精神療法、庭・畑作業といった精神作業療法(リハビリ)など、薬以外の選択肢も重要になります。同じうつ病であっても、患者さんの病状・回復状況などに応じて必要となる治療やアプローチは変わってきます。

 高齢者のうつ病は、単に「年のせい」で元気がないことなどと混同されがちですが、頻度の高い病気です。そして、治る可能性の高い病気です。本人に自覚がなくても、生活を共にしている家族や周囲の方が異変に気付くことがあります。「いつもと違う」「様子がおかしい」などと感じたら、心配していることを伝え、相手を急かさず、できるだけ安心させるような言葉をかけながら医療機関の受診を促してください。他の病気、診療科と同じように、治療していない期間が長くなるほど、症状はひどくなり治療が難しくなります。早期受診・治療がなによりも大切です。

2022年3月9日水曜日

白内障手術(多焦点眼内レンズ)の「選定療養

 ゲスト/月寒すがわら眼科 菅原 敦史 院長


白内障について教えてください。

 白内障は、目の中の水晶体が白く濁って見えにくくなる病気です。物がかすんで見えたり、光をまぶしく感じたりします。原因の大半は加齢に伴うもので、早い人では40歳代に発症します。50歳、60歳と年代が上がるにつれ罹患率は増え、80歳代ではほぼ100%がかかるとされています。

 初期の白内障は点眼薬で進行を遅らせることができますが、濁った水晶体を元に戻すことはできません。進行した白内障には手術が行われます。手術では眼球に小さい切開を行い、超音波によって水晶体を細かく砕いて取り除きます。代わりに、人工の水晶体である「眼内レンズ」を挿入します。局所麻酔を使用するため手術中の痛みはほとんどありません。手術は10~15分で終了し、最近は日帰りでの手術が主流になっています。


白内障手術には選定療養で多焦点眼内レンズが使えると聞きました。選定療養とは何ですか。

 眼内レンズは1つの距離に焦点を合わせた「単焦点レンズ(保険診療)」が使われていますが、近年では、遠距離と近距離の2点に焦点が合うように設計された「多焦点レンズ」も一般的になってきました。遠・中・近距離の3点に焦点が合うものや、遠景から近くまで連続的に見られるタイプなど、さまざまな多焦点レンズが登場しています。

 多焦点レンズを使用する白内障手術は、2020年3月まで自費診療でしたが、同年4月から厚労省が定める「選定療養(費用の一部を公的医療保険と併用できる制度)」の対象となっています。施設要件を満たす医療機関で、国内で承認された多焦点レンズを使用する場合、自己負担を軽減できるようになりました。多焦点レンズにかかる費用は自己負担ですが、白内障手術自体は健康保険から給付を受けられます。

 単焦点レンズは、遠くか近くのピントが合わない方を見る時はメガネが必要です。多焦点レンズは、日常的にメガネに頼らず生活できるのが最大のメリットです。ただし、単焦点レンズと比べ、色の濃淡の感度は落ちます。また、夜間に街灯や車のライトがぼやけるハローや、まぶしく感じるグレアと呼ばれる現象が起こりやすく、こうした欠点を強く感じる人もいます。それぞれのレンズの特徴をよく理解した上で、医師とじっくり相談しながら比較し、価格面も含め自身のライフスタイルに合わせて納得してから治療を受けることが大切です。


2022年3月2日水曜日

北海道の花粉症とぜんそくの関係

 ゲスト/医療法人社団 大道内科・呼吸器科クリニック 北田 順也 副院長


花粉の季節にぜんそくが悪くなるのはなぜですか?

 北海道の花粉症は4月の中旬から5月下旬がピークです。本州に多いスギ花粉はわずかで、ハンノキ、イチイ、シラカバなどの木本花粉によるものが多く、夏にはイネ科花粉、秋にはヨモギなどの雑草系花粉が飛散しますが、春から夏にかけて一番多く発症します。また、春は風が強く、雪解け後にホコリやチリが舞い上がることが多くなりますし、空が黄色く煙ってビル群や山並みがかすむ「黄砂」が観測される日数も増加します。

 花粉やホコリ、チリ、黄砂の飛ぶ季節・時期になると、目のかゆみや鼻水などの花粉症の症状とともに、せきが長く続いて来院される患者さんが増えてきます。また、同時にぜんそく患者さんの中にもせきやゼイゼイという喘鳴(ぜんめい)が出現したり、鼻炎の症状を伴う患者さんが増えてきます。鼻と気管支は空気の通り道として一つにつながっているので、花粉症の季節には花粉などによって鼻の粘膜が刺激されてアレルギー性の鼻炎が起こり、さらにそれがぜんそく患者さんの敏感になっている気管支へと伝わって状態を悪化させるのです。これが花粉の季節にぜんそくが悪化する原因です。

 花粉症の方で、発熱やレントゲンでの異常がないのにせきが長く続いている場合には、アレルギー素因があるか血液検査をしたり、ぜんそくを発症していないか調べてみるといいでしょう。こういったケースでは治療は咳止めの薬だけでは不十分です。原因を特定し、それに合った治療を受けることが大切です。

治療について教えてください。

 毎年の花粉の時期にもぜんそく症状をコントロールするためには、症状がしばらく落ち着いている時期でも自己判断で治療を中断せず、内服薬、吸入ステロイド薬などによる適切な治療をきちんと継続することが何よりも重要です。それでも花粉症や長引くせきを毎年のように経験する人は、花粉の飛散が本格的に始まる前、または症状が軽い時期から予防的に抗アレルギー剤を服用すると、シーズン中の症状が軽減されます。長引くせきは放っておかず、早期に呼吸器科専門医の受診をお勧めします。


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