2021年8月25日水曜日

オーダーメードの高位脛骨(けいこつ)骨切り術

 ゲスト/医療法人知仁会 八木整形外科病院  安田 和則 名誉院長


高位脛骨骨切り術について教えてください。

 膝関節の代表的な病気、「変形性膝関節症」は加齢と共に軟骨や骨がすり減り、O脚変形が強くなる病気です。立ったり座ったりする際や、階段の上り下りなどで膝が痛みます。患者さんは1000万人以上いるともいわれています。

 変形性膝関節症に対し、膝の変形を脛(すね)の骨の近位部で矯正し、膝の荷重位置をすり減った内側から正常な外側へと移す手術が「高位脛骨骨切り術(HTO)」です。この手術の最大の利点は自分の膝(関節)を温存できることで、合併症のリスクが少なく、術後の日常生活に対する制限がほとんどありません。回復すれば、テニスやジョギングといったスポーツや農作業などの重労働・力仕事も可能です。

 “骨切り術”にはさまざまな種類があります。近年は新しい術式も増え、患者さんの状態に合わせたオーダーメードの骨切り術が行われるようになってきました。一人ひとりの患者さんの病態、年齢、体型や生活環境、患者さんが希望する治療のゴールなど、さまざまな条件を総合的に判断して術式を選択します。例えば、膝の変形の程度が軽度である場合は、脛骨を内側から外側に向かって部分的な切れ目を入れ、内側を開いて矯正する「内側開大式高位脛骨骨切り術」を行うのが一般的です。また、この術式の合併症のリスクを低く抑えた改良術式「脛骨粗面下骨切り術(DTO)」を行うこともあります。一方、変形の程度が強く、矯正の角度が大きい症例には「逆V字型高位脛骨骨切り術」を行っています。この術式では、非常に大きな変形でも比較的安全に矯正を行うことができます。

 骨が完全に癒合するまではチタンプレートで強固に固定して、手術直後からリハビリを始めます。半月板損傷を伴っている場合は、関節鏡を使って断裂した半月板の切除や縫合を行います。必要に応じて軟骨移植もあわせて行うこともあります。患者さんのQOLに関するさまざまな要望に応えるため、膝関節外科医は膝に関するさまざまな治療を手掛けオーダーメード医療を行っています。

 このような新しい骨切り術式が開発されたことによって、これまでは人工膝関節しか選択肢がなかった患者さんが骨切り術で治療を受けることもできるようになり、自分の膝を温存しながら元の生活に戻れるケースも増えています。ただし、骨切り術の新しい術式を実施している医療機関は限られるので、自分が受けられる術式の詳細については、医師によく相談してみることをお勧めします。

2021年8月18日水曜日

関節リウマチ診療ガイドライン2020

 ゲスト/佐川昭リウマチクリニック 佐川 昭 医師


「関節リウマチ診療ガイドライン2020」とは、どのようなものですか。

 関節リウマチの治療法は日々進歩しています。日本リウマチ学会による「関節リウマチ診療ガイドライン」が6年ぶりに改定されました。その背景には、この十数年、リウマチの有力な治療薬が相次いで発売されている現状があります。これらの新しい薬をリウマチ医は適切に使い分ける必要があり、そういった最新の標準治療や推奨度に関する情報を現場に行き渡りやすくすることが診療の質を保つために重要で、ガイドラインがその役割を担います。今回は、その中から「治療原則」について紹介します。

 関節リウマチの治療目標は、疾患の活動性の低下や関節破壊の進行抑制を介して、長期予後の改善、特に患者さんが生活の質を高く保ちながら長生きすることです。その目標を達成するために、①関節リウマチ患者の治療目標は最善のケアであり、患者とリウマチ医の協働的意思決定に基づかねばならない、②治療方針は、疾患活動性や安全性とその他の患者因子(合併病態、関節破壊の進行など)に基づいて決定する、③リウマチ医は関節リウマチ患者の医学的問題にまず対応すべき専門医である、④関節リウマチは多様であるため、患者は作用機序が異なる複数の薬剤を必要とする。生涯を通じていくつもの治療を順番に必要とするかもしれない、⑤関節リウマチ患者の個人的、医療的、社会的な費用負担が大きいことを、治療にあたるリウマチ医は考慮すべきである、という5つの治療原則が挙げられています。

 ①は特に重要な項目です。自分の病気に対して受け身になるのでなく、積極的に情報を集めたり、医師に自分の気持ちや要望を伝えたり、“賢い患者”になること。そして、患者さんと医師とが同じ目標に向かう“協働”を大切にしながら、患者さんが納得した上で治療を進めるのが第一ということです。②〜⑤は、治療は疾患の活動性や安全性、合併症などに基づいて決められること。抗リウマチ薬、生物学的製剤、JAK阻害剤とさまざまな選択肢がある治療薬は、一人ひとりに合わせて選択し、治療の経過を通じ、症状に合わせて治療薬を変えていくことが効果を上げるために重要であること。私たちリウマチ医療者は、継続的な通院や治療が必要な患者さんのさまざまな負担、特に経済的負担を考慮し、可能な限り支援していく必要があることなどがまとめられています。

 改定されたばかりの新しいガイドラインを手に、この内容を患者さんと共有しながら、よりよい治療の提供を目指していきます。


2021年8月4日水曜日

高齢者のうつ病

 ゲスト/医療法人社団 図南会 あしりべつ病院 山本 恵 診療部長


高齢者のうつ病について教えてください。

 高齢者のうつ病は「老年期うつ病」とも呼ばれ、他の年代のうつ病とは区別されることがあります。基本的に、診断基準は全ての年代で共通ですが、発病の原因として高齢者特有の誘因があります。

 老年期は抑うつ状態、うつ病が起こりやすい年代です。老年期は「喪失の季節」ともいわれるように、いろいろなものを失う時期です。体力が衰えたり健康を損なったりすること、定年退職や子どもの独立などにより「役割」を失ってしまうこと、親族や配偶者、友人との死別、老いてからの一人暮らしといった喪失体験や社会環境の変化が、うつ病の誘因になることがあります。

 高齢者のうつ病には、次のような特徴がみられます。①認知症と間違われやすい…高齢者が抑うつ状態やうつ病になると、認知症と間違われることが少なくありません。「もの忘れ」「受け答えがちぐはぐ」「反応が鈍い」などの症状から認知症だと思っていたら、実はうつ病だったということがあります(逆の場合、両方の場合もあります)。②自殺率が高い…日本の自殺者の約4割は高齢者です。老年期の自殺の背景にはうつ病が潜んでいることが多いです。③妄想が出やすい…「周囲の人に迷惑をかけている」「取り返しのつかない罪を犯してしまった」と思い込む罪業妄想、実際には預貯金などがあっても「お金がない」「財産がなくなり、今日の生活もできない」と訴える貧困妄想、疾患がないのに「不治の病にかかっている」と信じて疑わない心気妄想などが代表的です。④不安や焦燥感、身体症状が強い…若い人(他の世代)のうつ病だと意欲の低下や気分の落ち込みが前面に出るのに対し、高齢者の場合は不安や焦りが強く、また、頭痛やめまい、肩こり、腹痛、しびれ、ふらつきなど身体(心気)症状を伴うケースが多いです。いくら治療をしても体の調子が良くならない時は、うつを疑って見ることも大切です。


高齢者のうつ病にはどんな治療や対策が有効ですか。

 治療の柱の一つは、他の世代のうつ治療と同じく、抗うつ剤を中心とした薬物療法です。ただし、高齢者は老化に伴う身体機能の低下もあって、若い人に比べて副作用が出やすいので、服薬量や薬の飲み合わせなどに注意を払う必要があります。また、カウンセリングなどの精神療法、庭・畑作業といった精神作業療法(リハビリ)など、薬以外の選択肢も重要になります。同じうつ病であっても、患者さんの病状・回復状況などに応じて必要となる治療やアプローチは変わってきます。

 高齢者のうつ病は、単に「年のせい」で元気がないことなどと混同されがちですが、頻度の高い病気です。そして、治る可能性の高い病気です。本人に自覚がなくても、生活を共にしている家族や周囲の方が異変に気付くことがあります。「いつもと違う」「様子がおかしい」などと感じたら、心配していることを伝え、相手を急かさず、できるだけ安心させるような言葉をかけながら医療機関の受診を促してください。他の病気、診療科と同じように、治療していない期間が長くなるほど、症状はひどくなり治療が難しくなります。早期受診・治療がなによりも大切です。

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