2020年8月26日水曜日

高齢者のうつ病

ゲスト/医療法人社団 図南会 あしりべつ病院 山本 恵 診療部長

高齢者のうつ病について教えてください。

 高齢者のうつ病は「老年期うつ病」とも呼ばれ、他の年代のうつ病とは区別されることがあります。基本的に、診断基準は全ての年代で共通ですが、発病の原因として高齢者特有の誘因があります。

 老年期は抑うつ状態、うつ病が起こりやすい年代です。老年期は「喪失の季節」ともいわれるように、いろいろなものを失う時期です。体力が衰えたり健康を損なったりすること、定年退職や子どもの独立などにより「役割」を失ってしまうこと、親族や配偶者、友人との死別、老いてからの一人暮らしといった喪失体験や社会環境の変化が、うつ病の誘因になることがあります。

 高齢者のうつ病には、次のような特徴がみられます。①認知症と間違われやすい…高齢者が抑うつ状態やうつ病になると、認知症と間違われることが少なくありません。「もの忘れ」「受け答えがちぐはぐ」「反応が鈍い」などの症状から認知症だと思っていたら、実はうつ病だったということがあります(逆の場合、両方の場合もあります)。②自殺率が高い…日本の自殺者の約4割は高齢者です。老年期の自殺の背景にはうつ病が潜んでいることが多いです。③妄想が出やすい…「周囲の人に迷惑をかけている」「取り返しのつかない罪を犯してしまった」と思い込む罪業妄想、実際には預貯金などがあっても「お金がない」「財産がなくなり、今日の生活もできない」と訴える貧困妄想、疾患がないのに「不治の病にかかっている」と信じて疑わない心気妄想などが代表的です。④不安や焦燥感、身体症状が強い…若い人(他の世代)のうつ病だと意欲の低下や気分の落ち込みが前面に出るのに対し、高齢者の場合は不安や焦りが強く、また、頭痛やめまい、肩こり、腹痛、しびれ、ふらつきなど身体(心気)症状を伴うケースが多いです。いくら治療をしても体の調子が良くならない時は、うつを疑って見ることも大切です。


高齢者のうつ病にはどんな治療や対策が有効ですか。

 治療の柱の一つは、他の世代のうつ治療と同じく、抗うつ剤を中心とした薬物療法です。ただし、高齢者は老化に伴う身体機能の低下もあって、若い人に比べて副作用が出やすいので、服薬量や薬の飲み合わせなどに注意を払う必要があります。また、カウンセリングなどの精神療法、庭・畑作業といった精神作業療法(リハビリ)など、薬以外の選択肢も重要になります。同じうつ病であっても、患者さんの病状・回復状況などに応じて必要となる治療やアプローチは変わってきます。

 高齢者のうつ病は、単に「年のせい」で元気がないことなどと混同されがちですが、頻度の高い病気です。そして、治る可能性の高い病気です。本人に自覚がなくても、生活を共にしている家族や周囲の方が異変に気付くことがあります。「いつもと違う」「様子がおかしい」などと感じたら、心配していることを伝え、相手を急かさず、できるだけ安心させるような言葉をかけながら医療機関の受診を促してください。他の病気、診療科と同じように、治療していない期間が長くなるほど、症状はひどくなり治療が難しくなります。早期受診・治療がなによりも大切です。


 

2020年8月19日水曜日

知っておきたい新型コロナウイルス

 ゲスト/ふじた眼科クリニック 藤田 南都也 院長

新型コロナウイルスはどんなウイルスなのでしょうか。感染拡大を防ぐポイントなどについて教えてください。

 新型コロナウイルスの感染が拡大し、いまだ終息の気配は見えません。不安を感じている人も多いと思いますが、ここでもう一度、新型コロナウイルスに関して私たちが知っておきたいこと、気を付けたいポイントをまとめてみます。今こそ、正しい情報を入手し、冷静に行動することが重要です。

●新型コロナはインフルエンザと同じRNAウイルスなので、遺伝子の変異が多く発生し、効果的なワクチンが作りにくい。そのため現時点では、予防が何よりも大切になります。

●感染予防の基本は、手洗い、密を避ける行動、人と接する場面でのマスク着用を続けることです。

●密閉、密集、密接の「3密」が最も危険。暑い夏でも冷房をかけたまま閉め切るのは危険で、冬季は暖房が効いていても定期的な換気が必須です。

●どんなマスクでも、せきやくしゃみによる大きな飛沫を周りに広げない効果はありますが、ウイルスを含む小さな飛沫を通さない効果がどれほど期待できるかは、マスクの素材によって異なります。布は糸を織ったり編んだりして作られており、織り目(編み目)ができるため、布製マスクはウイルスを通しやすいといわれています。一方、不織布は繊維を特殊加工により接着し、薄いシート状に加工しています。そのため織り目がないので、ウイルスを通しにくいとされています。

●感染リスクの高い人が特に気を付けたいのは、レストランなどでの「食べながらの会話」です。新型コロナは唾液中に多く存在し、食事中には唾液の分泌が増えます。向かい合って大声で話したり笑ったりするような状況は危険です。

●外出自粛による運動不足は、高血圧、糖尿病、肥満などの疾患につながります。屋外の空いている場所など、感染リスクの少ない環境での運動、散歩やジョギングは、健康の保持や気分転換に有効です。

●目の結膜は外部に露出した粘膜なので、ウイルスの付いた手で触れると感染につながりやすいです。特にコンタクトレンズの着脱時には、アルコールで丁寧に手指を清拭することをお勧めします。

 一般的にウイルスは温度と湿度が低いほどよく蔓延します。今後、秋冬に新型コロナの流行が再燃する可能性もあります。まずは「自分の身は自分で守る」という心構えが大切。一人ひとりが感染防止に努めることは、自分の命を守るだけでなく、家族や友人などの命を守ることにもつながります。

2020年8月12日水曜日

最新の糖尿病治療

ゲスト/医療法人社団 青木内科クリニック 青木 伸 院長

最新の糖尿病治療薬について教えてください。
 糖尿病治療薬の最近の進歩は目覚ましいものがあります。飲み薬では、高血糖の時にだけすい臓からインスリンを分泌させ、正常血糖値へ下げる「DPP-4阻害薬」があります。この薬は、理論的には低血糖を起こさず治療できる薬剤で、糖尿病の平均血糖の指標であるHbA1c値を1.0%前後下げます。この薬と同じ系統の注射薬も登場し、「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれています。この注射薬はHbA1c値を1.6%前後下げます。1日1回の注射が必要ですが、現在は1週間に1回で済む注射薬も出ました。この系統の注射薬は、すい臓のインスリンを出す細胞を保護し、インスリンの分泌を弱らせない作用も持ち合わせているといわれています。従来まで体重を減少させる糖尿病薬がありませんでしたが、「SGLT-2阻害薬」が登場し、この薬剤は血糖値を下げると同時に体重も減らします。最近の研究データ結果によると、この種の薬剤は、心血管系の心不全の出現を抑える働きと糖尿病性腎臓病を良くする働きを持ち合わせていることが判明してきています。
 一方、インスリン注射に目を向けると、「持効型インスリン(1回の注射で24時間効果を持続する長時間作用型インスリン)」があります。飲み薬の治療が効かなくなる症例でも、飲み薬をそのまま服用しながら、1日1回の持効型インスリンの注射を加えると血糖値が改善する症例もあります。「混合型インスリン」は従来まで濁った製剤でしたが、透明な製剤が登場し、10回以上振って混合しなくても済むようになりました。

糖尿病の治療について教えてください。
 糖尿病の治療状況が良好といえる目安は、HbA1cが7.0%以下になっている場合です。糖尿病の患者さんの約半数が、高血圧と脂質異常症(高脂血症)を合併しているといわれています。糖尿病を合併した高血圧の治療はとても重要で、血圧の治療目標値は125/75mmHg以下です。自宅で測定できる血圧計を治療に役立てる方法もあります。この場合使用する測定器は、指先や手首に巻くタイプのものではなく、上腕に巻くタイプのものをお勧めします。脂質異常症の治療目標値は、LDL-コレステロール(悪玉コレステロール)が120mg/dl以下です。糖尿病に重症の虚血性心疾患、腎疾患、脳梗塞、下肢動脈閉塞、メタボを合併している場合には、LDL-コレステロールは70mg/dl以下と治療の基準値が厳しくなりました。
 以上のようなさまざまな基準値を長期間保てると、眼底出血による失明、腎臓の悪化による透析、足の潰瘍・壊疽(えそ)による足の切断など、糖尿病に由来する重症の合併症にならなくて済みます。それ以外にも脳梗塞、心筋梗塞などの予防にもつながります。

2020年8月5日水曜日

精神科における病識がない患者さんについて

ゲスト/医療法人社団 正心会  岡本病院  瀬川 隆之 医師

「病識」という言葉の意味について教えてください。
 病識とは「自分は病気であるという自覚」のことです。精神疾患では自分が病気であることが分からなくなるケースがたくさんあり、これを「病識がない状態」といいます。
 病識がない状態は統合失調症やうつ病、躁うつ病、認知症などさまざまな精神疾患でみられます。周囲からみると病的であり、治療を受けた方がいいのは明らかであるのに、本人は自分が正常だと考えているのでいろいろなトラブルを引き起こします。病識がないことは、特に幻覚や妄想が活発な患者さんで問題になることが多いです。

病識がない患者さんをどのように治療するのでしょうか。
 病識がない患者さんには、周囲の善意はストレートには伝わりません。病識がない患者さんを受診につなげるにはそれぞれの疾患や、患者さん個々の特徴に合わせた工夫が必要です。例えば認知症の方であれば「65歳以上の人は健康診断が必要と、市から通知が来ている」と説明してもらったりします。また、幻覚や妄想が活発な統合失調症の方であれば、決して頭ごなしに否定せずに、不眠や不安など本人が苦しんでいることを動機に受診を促してもらったりします。
 何とか受診につなげた後もそこからまた治療を継続していくための工夫が必要です。病気とその治療についての正しい知識を教えてあげるのだ、という押し付けのような態度では患者さんに反発されてしまいます。私たち医療者は患者さんの味方であり、患者さんの困り事を解決する手助けをしたいのだ、という姿勢で信頼関係を築くように努力します。手助けの対象とする困り事は、ひとまずどんなものでもいいと思います。「社会復帰したい」「家族と仲良くやっていきたい」など通院や治療を続ける動機、治療のニーズを探し出すことが大切です。
 病識がないと、薬を飲むことに意義が感じられないので自己判断で薬をやめてしまう患者さんが多く、それがさらなる症状の悪化につながります。そのため、患者さんの状態がある程度落ち着いている時に、本人の同意を得た上で「持効性注射剤」という筋肉注射を導入することがあります。これは薬の成分がゆっくり時間をかけて体内に取り込まれる注射で、2〜4週間効果が続きます。これだけで十分なわけではありませんが、病識が不十分な患者さんの症状悪化を防ぐ有効な手段です。

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