「複雑性PTSD」について教えてください
生命の危険を伴う犯罪や災害、事故などの体験がトラウマ(心的外傷)となり、時間が経過しても突然記憶がよみがえって、不眠や過剰な警戒心などの症状を示す精神的な後遺症をPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼びます。
PTSDという病名は、ベトナム戦争帰還兵に多くみられたことから一躍取り上げられるようになりました。そのため、PTSDは戦争や災害など命に関わる事柄に限って認められる状態という考えもありますが、最近は、小児期から積み重ねられたつらい体験によるトラウマもPTSDをつくることが分かってきました。これを単なるPTSDとは別に、「複雑性PTSD」といいます。
実際の症例を一つ挙げてみると、患者さんは50代の女性で、頭痛・肩凝りの治療を一般内科で受けていましたが、薬物療法での改善が不十分で、さらに全身の痛みがひどくなってきたことから心療内科を受診されました。薬物療法に加え、自律訓練法などのリラクセーションを行うことで一時的に改善しましたが、完治には至りませんでした。そこで、小児期までの生活史を振り返ってみると、父親のDV(ドメスティックバイオレンス)や母親のネグレクトを経験していたことが分かりました。そのため今でもビクビクし緊張する日常生活で頭痛、全身の痛みとして表れていたのです。こうした背景を踏まえ、専門的な治療を進めたところ、患者さんの理解も得られ、頭痛や肩凝りの不調が改善され、全身の痛みもほぼなくなりました。
トラウマ体験をきっかけに、悪夢を見たり、その時の映像や音声、身体感覚が鮮明に思い出される「フラッシュバック」を起こしたりしますが、併せてトラウマ体験時に認知した無力感や自責感情、自分は価値がない、自分が人より劣っているといった思いが混然一体となって記憶として残ります。これを「トラウマ記憶」といいます。トラウマ記憶は、月日がたってもあたかも昨日のことのように思い出され、いつまでも過去になってくれません。そして、感情障害や不安障害、うつ病、心身症といった現在の症状として顔を出すのです。
複雑性PTSDの治療は、トラウマ記憶の再処理が非常に大事です。ただし、トラウマ記憶に焦点を当てた専門的な治療は容易ではありません。いろいろな心身の病の背景にトラウマ記憶があるのではと疑い、それを踏まえて病態を診たり、治療を考えたりする必要があります。患者さん自身も、今、つらい症状が出ているのは、過去のいろいろな出来事によって心に傷を負っているからかもしれないという視点を持ち、医師に遠慮なく相談してもらいたいと思います。
医療法人 五風会 さっぽろ香雪病院
梶 巌 内科部長