2019年7月24日水曜日

おしり(肛門)から血が出たら

ゲスト/札幌いしやま病院 河野 由紀子 医師

血便などおしりの出血があるとき、どんな病気が考えられますか。
 「便に血が付いた」「おしりを拭いた紙に血が付着した」「排便後に血がポタポタと落ちた」「便器が真っ赤になるほど多量に下血をした」という「おしりからの出血」を訴えて大腸や肛門の専門病院を受診される患者さんはとても多いです。出血の状態(色、出血量など)やそれに伴う症状によって原因(病気)をある程度推測できます。
 考えられる第1の可能性は「痔」です。排便の後、便器や紙に真っ赤な血が付く場合、その量がある程度多く、ほとばしるように出るときには内痔核(いぼ痔)が疑われます。また、排便のときに痛みがあり、さらに出血を伴う時には裂肛(切れ痔)の可能性が高いです。裂肛は放っておくとやがて慢性化し、傷口が深くえぐれて潰瘍になるケースもあります。潰瘍部分が悪化すると、肛門が狭くなる肛門狭窄になり、排便に大きな支障をきたすようになるので注意が必要。早期受診こそが痔を早く確実に治す近道です。
 第2の可能性は、大腸の内壁が袋状に突出し、その血管が弱くなって出血する「大腸憩室出血」です。突然、多量に出血するのが特徴で、腹痛、下痢を伴わないことが多いです。第3の可能性は、大腸への血液循環が悪くなって起こる「虚血性大腸炎」です。突然、腹痛が起こり、しばらくして下痢、下血が起こる急激な発症の病気です。これらの病気による出血(下血)は、食事をやめて便が通らないようにし、腸の安静を保つようにするなどの内科的治療で回復することが多いですが、憩室出血の場合は止血処置が必要となることもあるので早期受診、早期診断が大切です。
 便に粘液を伴った血が混じっている場合は、大腸の粘膜に潰瘍やただれができる「潰瘍性大腸炎」や、潰瘍性大腸炎と同じく炎症性腸疾患と呼ばれ、小腸や大腸に潰瘍を形成する「クローン病」も疑われます。このほか、「大腸がん」や「大腸ポリープ」、さまざまな細菌による腸炎なども、おしりからの出血を伴う病気です。
 このように、おしりの出血の後ろには、痔以外にもいろいろな病気が隠れていることがあります。命にかかわるような重い病気のサインが隠されていることもあります。大切なのは、自分で判断しないこと。おかしいなと思ったら、迷わず専門医の検査を受けましょう。「おしり」を診察されることを恥ずかしく思い、来院しにくいと感じるかもしれませんが、専門医は十分に承知しています。どうか安心してください。

2019年7月17日水曜日

死別の悲しみに寄り添うグリーフケア

ゲスト/医療法人社団五風会 さっぽろ香雪病院 梶 巌 内科部長

最近「グリーフケア」という言葉を耳にしますが、どういう意味なのでしょうか。
 昨今、治る見込みのない末期がんに罹患した患者さんの痛みや精神的、社会的な苦しみを和らげる緩和ケアを提供する環境整備が進んでいます。治療や疼痛(とうつう)管理などの医療の高度化、さらにニーズの多様化に対応できるホスピスの充実など、穏やかな終末を迎える患者さんも少なくありません。
 ただ、この時から同時にご家族の苦しみが始まっていることを忘れてはなりません。ご家族にも援助の手が差し伸べられてしかるべきでしょう。しかし、大切な方を亡くした後の配偶者、ご家族、親しい人たちの悲しみに寄り添い、癒やそうとする医療の重要性は、まだあまり認識されておらず、ひとり悲しみと闘う人たちも多いのが現状です。
 愛する人、親しい人を失うことは大きなストレスです。悲しみにくれ、喪失感や寂しさ、孤独感、無力感に陥る方々に対して、医師や臨床心理士などの専門家が行う<慰め>や<癒やし>の援助を「グリーフケア」と呼びます。
 死別にはいろいろな形があります。若くして配偶者を失った人、親を、子どもを亡くした人、また、共に病と闘いながらの別れ、今まで元気だった人との突然の別れ…。それぞれに抱える辛さ、悲しみがあります。それらの辛い現実と向き合い、乗り越え、新しい未来に向かって歩み始める背中を後押ししてあげる役割。また、悲しんでいる方々の心にそっと寄り添い、辛い胸の内を明かす声に耳を傾け、ともに手を携えながら、再出発の道を一緒に歩んでいくこと。それがグリーフケアです。
 「あの時、ああしてあげたら(しなかったら)あの人は死ななかった、苦しまなかったのに…」。こうした自責感情は人を苦しめます。喪失感で悲しみの中にある時、自責感情はさらに当事者を苦しめることになります。また、「あなたがしっかりしなくちゃダメ」。こうした周囲の心ない一言が、死別に悲しむ人をさらに追い込んでしまう場合もあります。これらのケースでは、早急に専門家による援助が必要です。しかし、残念ながらグリーフケアを求めて病院の門を叩く患者さんは少なく、うつなどの症状が重くなってから初めて受診するケースがほとんどです。
 愛する人、親しい人を失った後、立ち直って普通の生活ができるようになるまでにはかなりの時間がかかりますが、外来で思いの丈を話し、思い切り泣ける人は立ち直りが早いです。自分一人で解決すべきことだと抱え込まず、遠慮なく精神科や心療内科を受診してもらいたいと思います。新しい未来に向けて歩み始めるために、専門家の力を借りて心のケアを受けることが何よりも大切です。

2019年7月10日水曜日

「咀嚼(そしゃく)と健康」

ゲスト/医療法人社団アスクトース 石丸歯科診療所 近藤 誉一郎院長

咀嚼について教えてください。
 大まかにいうと、咀嚼とは、口に取り込んだ食べ物をゆっくりと時間をかけて噛み砕き、細かくすることです。専門的に説明すると、上下の歯列によって食べ物を噛み砕いたり、すりつぶしたりしながら、唾液と混和し、嚥下(えんげ)(食べ物を飲み込むこと)に適した性状(=食塊、食べ物の塊)に調整するための口の働きです。
 味覚中枢を刺激し、唾液の分泌を促進することも、咀嚼の大切な役割の一つです。唾液にはアミラーゼやムチン、ガスチン、リゾチーム、ラクトフェリンなどさまざまな成分が含まれ、その働きは「味覚を敏感にし、食べ物をおいしく感じさせる」「口腔内の汚れを洗い流し、害ある細菌の繁殖を抑える(=むし歯や歯周病を予防する)」など多岐にわたります。よく味わい、よく咀嚼することで分泌される唾液は「長生きのもと」とも呼ばれています。
 そのほか、よく咀嚼することのメリットは、唾液や胃液の分泌が増すことで消化吸収を助け、血糖値の上昇、空腹感を満たし肥満や糖尿病の予防につながることなど、数多く挙げられます。

よく咀嚼すると脳の活性化につながると聞いたことがあるのですが。
 しっかり咀嚼することで、脳の血流が増え、脳の神経活動が活発になることがさまざまな研究結果から明らかになっています。食事の時に私たちの脳がどんな活動をしているかを調べてみると、記憶にもっとも関係している前頭前野や海馬をはじめ、脳のさまざまな領域が活性化することが確認されました。つまり、咀嚼は記憶力、認識力、思考力、判断力、集中力、注意力といった脳の働きと密接に関係していることが示唆されています。
 「残っている歯の本数が多い人ほど認知症になりにくい」「お年寄りが合わない入れ歯を使用していると、認知症が進行しやすい」という研究結果などから、咀嚼が認知症予防につながることも分かっています。
 お年寄りの場合、自分で使っている義歯に問題がないと思っていても、実は上手に咀嚼できておらず、知らず知らずのうちにやわらかい食べ物(炭水化物など)の摂取が多くなり、栄養が偏ってしまっているケースも多く見受けられます。近年は、簡単に咀嚼機能を科学的に判定する検査が登場していますので、一度かかりつけ歯科医院で相談してみるといいでしょう。

2019年7月3日水曜日

高位脛骨(けいこつ)骨切り術

ゲスト/医療法人知仁会 八木整形外科病院 小野寺 純 医師

高位脛骨骨切り術とはどのような治療法ですか。
 膝の骨が変形し、痛みが増して曲げ伸ばしがしづらくなる膝関節の病気が、変形性膝関節症です。初期には立ち上がりや歩き始めに膝の痛みを感じますが、症状が進んでくると、歩けば膝が痛く、正座や階段の上り下りが難しくなってきます。さらに症状が進んでくると膝が変形し、歩くのが困難になって日常生活に支障を来たします。
 変形性膝関節症に対し、脛(すね)の骨の一部を切り、元の関節を残して変形を矯正する手術が、高位脛骨骨切り術です。変形性膝関節症では多くの人が、膝の内側の軟骨がすり減って、徐々にO脚となります。この変形のために膝の内側に負担が偏ります。そこで、自分の骨(脛骨)を切ることによってO脚を矯正し、脚の形を真っ直ぐからややX脚に変えることで、膝の外側に荷重を移動させる手術です。
 変形性膝関節症の治療は、薬(関節内注射、消炎鎮痛剤など)やリハビリ(ダイエット、運動療法による筋力効果など)、装具(膝装具、足底板など)による保存治療がまず行われます。保存治療で痛みが軽減せず、仕事や日常生活が不自由になるようであれば、手術が考慮されます。一般的には、症状が初期から中期であれば骨切り術、末期であれば「人工関節置換術(傷んだ関節を切り取り、人工関節に置き換える手術)」が行われます。

高位脛骨骨切り術の利点について教えてください。
 手術の流れは、脛骨の内側に切り込みを入れ、時間とともに骨に置き換わる特殊な人工骨を挟んで角度を調節し、チタンプレートで固定します。手術は約1時間程度で、傷はプレートを入れる約6㎝の傷が必要です。プレートは約1年後に取り除きます。患者さんは術後2週間以内に歩行練習を始めることができ、4~6週間後にはほとんどが歩いて退院できます。
 骨切り術の最大の利点は、自分の関節を温存できるので、手術後の日常生活に対する制限が少ないことです。回復すれば、人工関節では難しい正座や、テニス、ゴルフ、ジョギングといったスポーツもできるケースが多いです。
 骨切り術が適しているかどうかは、もちろん関節の軟骨の状態によりますが、患者さんの考え方やライフスタイルによるところも大きいです。主治医の先生とよく相談してください。

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